メモ:オタク世代論について

世代論って安易だけど、見解の対立を世代や背景の違いのせいにできる便利な枠組みだよね。各要素の年代のズレは多少あるし完全に分離できる訳ではないが、だいたいこんな感じだそうだ。

主世代典型例キーワード
プレ世代団塊世代??漫画文化、アトム、ゴジラ、社会風刺系、オタク概念の成立以前
第一世代1960前後SFアニメの誕生、特撮・SF主体、即売会等の組織化、自主作成、求道的で韜晦的、開拓者としての自負心と選民思想、理論化と体系化志向、王侯貴族の時代
第二世代1970年代ガノタゲームの誕生、ガンダム・ヤマト、歴史の蓄積に伴う博識趣味、教養主義、サブカル、ニフティ、大衆による認知、迫害・オタク批判、過剰な民族意識、エリートの時代
第三世代1980年代エロゲネットの興隆、エヴァ、ノベルゲー、世界系、萌え、ラノベ、要素消費者志向、ネット化・大衆化による脱組織化個別化(組織に属さなくても消費/活動が行えるようになる。)
第四世代1990年代ニコ房ケータイ、動画共有サイトハルヒMMORPG、MAD/ネタ文化、消費の共有、再利用、空気化

外部視線への被差別的恐怖や民族意識については70年代の第二世代をピークに世代を経るごとに減少する。第四世代は十分に確立された分類ではないが平成生まれの中には、初対面や公的な場所でオタトークを振る事にほとんど抵抗が無い人も増えている。だからこそ、オフィシャルな文章に「ニコニコ動画」と何の疑問も持たずに書けてしまう。ネット上のコラや釣りではなく現物を初めて見たときには心底驚いた。

この状況が発生した原因としては、ネットの出現と人口密度の増加が考えられる。第1世代が同志をみつけようと思えば、全学ですら同等の者をみつけるのは困難で、学外の組織なり集まりに能動的に参加する必要がある。一方、現代では同じクラスですらオタクが何人か集まる事は容易だ。また、ネットを見れば常にその手の内容がオープンな話題になっている場所が存在する。日常生活でその手の内容がまともな話題としての効力を失う瞬間はほとんど無く、自重や「隠れ」への動機も生まれにくい。境界線や使い分けも不明確になる。