ノーベル賞候補だから生きていてほしい?

戸塚特別栄誉教授の逝去について

66歳なんて、若すぎる。ノーベル賞に値する研究を行いながら、偶々タイミングが合わないなどの理由で受賞を逃し、そのまま亡くなってしまった研究者は数知れない。彼もまたその一人だ。

亡くなるまで、「はやくこい」とか「あと10年生きればかなりの確率で。」と気を揉んで、一人の人間をノーベル賞候補の貴重な残弾のようにみてしまいがちだった自分をすこし反省する。林忠四郎先生に対してもそうだけど、長寿と繁栄を願う動機が不純だった。

彼らは国際学術賞生産機でもなければ、感動消費材でもなく、国威高揚の道具でもない。まして西と東のノーベル賞獲得数対決の残弾でもない。

学術賞の為に長寿が存在しているのではなく人の為にあるということ、順番待ちや長生き競争は遺した研究成果とは無関係であるということ。彼とその同僚たちの研究成果は物理学の歴史に永遠に記録されるだろう。

現代物理学史上最も精緻な枠組みである「標準理論」、一般相対性理論と並び物理世界のほとんどを支える強靭な大黒柱だ。完成以来数十年不動の地位を保ち、数十桁におよぶ広範な秩序構造を基礎づけながら、それでいてシンプルな体系だ。

彼らの研究した「ニュートリノ振動」はその先にあるだろう未知の世界から差し込む一筋の光。「標準理論」を超えてゆく数少ない手がかりであり、次への階段だ。