宇宙は熱死するの?

箱を用意する。

問題を簡単にするため、完全な断熱壁で構成されているとしよう。

箱の中に、熱いガスと冷たいガスを閉じこめてみる。十分な時間が経てば箱の中は熱平衡になって、均一な温度のガスになるだろう。あとは、何億年時間が経っても変化しない。

熱い物と冷たい物が均一の温度になることはあっても、均一の温度の物体が冷たい部分と熱い部分に分かれることは日常世界では経験的に起こらない。

実験その2:銀河系が入るくらい大きな箱で

では、箱の大きさを思い切って100万光年ぐらいにしても同じだろうか。

これに既に均一温度になったガスを封入してみる。一見すると箱の中はエントロピー最大で熱的に死んだ世界だ。

前回と同様に、十分な時間をおいてから蓋をあけてみる。さて、そろそろ1億年ぐらい経っただろう。中を覗いてみると、熱いガス塊と希薄で冷たい部分に分かれている。均一な温度と密度のガスから、星や星雲が生まれ一方で広大な真空で彩られた構造が出現した。

重力は熱力学を考える上で非常に面白い題材だ。太陽のような自分の重力で結合している物体は負の比熱を有している。重力ポテンシャルと熱エネルギーの釣り合いの関係式により、熱が流出すればするほど、天体は収縮し温度が上昇していく。*1

このような重力熱力学的不安定の発生は、密度や支配的な熱輸送システム核反応の有無など様々な因子の影響を受けるが、私たちの世界を形作る上で大きな役割を担っている。宇宙が誕生してから40万年後には10万分の1ケルビンも差が無い均質世界だったのに、137億年経った今では星や銀河という構造を有し様々な天体に満ちた世界になっている。重力不安定が無ければ、私たちの世界は生まれたときから死んでいただろう。

実験その3:さらに箱を放置:億兆年のさらに果てへ

さて、100万光年の箱をそのまま何兆年何京年も放置し続けるとどうなるだろう。全ての天体が衝突して一つの巨大なブラックホールとなり、あとは箱を満たしている光子の吸収とブラックホールの蒸発が平衡になるところで安定するのは可能性のひとつだろう。*2

ところで、天体同士はなかなか衝突してくれない。銀河には数千億の星があるけど、彼らが互いに衝突することは100億年なんてタイムスケールでみても滅多に起こらない。その前に星から出た光が箱の中を加熱し続け、ついには空間を満たす光子が星と熱平衡になり、熱流出が停止して天体の重力進化が停止するという高温安定シナリオも存在する。

ちなみに、実際の宇宙は箱と違って銀河の外にいくらでも熱は逃げれられるし、宇宙膨張で果てしなくエネルギーが薄められていくので宇宙が超高温安定になることはない。あくまで架空の箱での話だ。

箱ではなく現実の未来:結局は熱死が濃厚?

実際の宇宙は境界がないし膨張する。現実の宇宙がどのような末路を辿るかについては、模型やパラメタに依存する。

何もない宇宙にポツンとおかれた銀河は、数千億年もたてば新しい星はほとんど生まれず、僅かの小質量星と死んだ星ばかりになり、1000兆年後には最後に生まれた星達も燃え尽きる。実際問題、銀河が星を生み出す力は80億年前にくらべてかなり弱まっている。楕円銀河の大部分なんかはとっくに星形成が終了していて、あとは現役世代が死に絶えるだけだ。

核エネルギーの時代は終わり、空から全ての恒星が失われた暗黒と重力の時代が再び訪れる。

10^20年ぐらいになると銀河は"蒸発"により大部分が失われている。コップから分子が逃げ出すのと同様に、たまたま脱出エネルギーを獲得した星が宇宙の果てへと流出する現象だ。蒸発は銀河自体だけでなく、惑星系や球状星団などあらゆるスケールで起こる。銀河が蒸発し始める頃には太陽系残骸からすべての惑星が剥ぎ取られ構成していた惑星は宇宙に離散している。

10^35年とかもっと長い時代では"陽子崩壊"が起こり、かつて天体を構成したあらゆる物質が砂のように消えていくだろう。陽子崩壊については、GUT的には起こって欲しいところだけど現状の観測ではまだ確認されていない。ブラックホール以外のあらゆる天体が宇宙から一掃される。塵の一片すら残らない。
p \rightarrow e^+ + \pi^{0} \rightarrow e^+ +2\gamma
e^{+}+e^{-}\rightarrow 2\gamma
その頃にはΛ-CDM的に宇宙膨張が酷いことになっている。超未来の宇宙膨張はダークエナジーが一定ならば100億年毎に倍々ゲームだ。最後のブラックホールを葬ったあとは宇宙に散った個別の素粒子を指数では表現できないほど長い時間が各個撃破していくフェーズ。てことは熱死

いずれにせよモデル依存なお話で、研究の進展次第によってはシナリオ変更もある。

*1:これは、単に外からポテンシャルが与えられただけの世界、例えば最初の箱を地球のような重力下に置いただけでは見られない現象だ。

*2:とりあえず壁にブラックホールや星がベタベタぶつかるのは、あまりこの世界的なモデルではないので、RPG的に3次元ループしているとする。