新たなニュートリノ・アノマリー

すでに衆知のことだけど、CERNで生成したニュートリノビーム(CNGS beam)を使ったOPERA実験において、ニュートリノの速度vを測定したところ、真空中の光速cより有意に速いというセンセーショナルな結果が得られた。

\frac{v-c}{c}=(2.48 \pm 0.28 (stat.) \pm 0.3 (sys.))\time 10^{-5}

よく分からない結果が出てあーだこーだ議論する状況は、多数の研究者が参加した大プロジェクトでもある話だが、想像以上にメディアの反響があり、あっという間に世紀の大ニュースになって驚いている。

実験の要点

実験に関して重要そうなポイントは、以下を含めた多くの方に語られてしまった後なので、あまりしゃべることがない。

光よりも速く : 大栗博司のブログ 大栗さん
科学と報道の間で (ニュートリノの速度と光の速度) : 油断するなここは戦場だ 野尻さん
http://journal.mycom.co.jp/articles/2011/09/25/neutrino/index.html 物理に関する一般メディアなら信頼と実績のマイコミジャーナル

また、オフィシャルな発表は以下で得られる。

[1109.4897] Measurement of the neutrino velocity with the OPERA detector in the CNGS beam arXiv
OPERA experiment reports anomaly in flight time of neutrinos from CERN to Gran Sasso Press Release

現時点では、ジャンクを疑われつつ、外部による実験結果の吟味や系統誤差の再検証が行われている段階のようだ。

追試予定

米Fermilab*1のMINOS実験が追試を行うようである。MINOSは2007年に
 \frac{v-c}{c}=(5.1 \pm 2.9 ) \time  10^{-5} (68\% CL)

とやや超光速な値が得られているが、この時は+1.6σと一応は誤差の範囲

[0706.0437] Measurement of neutrino velocity with the MINOS detectors and NuMI neutrino beam arXiv

これで来年あたりもしOPERAと同じような結果になり、それまでにOPERAの原因が判明しなければ、両者に共通のエラーか新物理である可能性が高くなる。もし、本当に新物理だとしたら、検証にこれから数年はかかるだろう。

もし、どうしても解決できなければ、もっと長基線でニュートリノの速度を可能なかぎり精密に測ることを主目的*2にした実験が組まれることになるかもしれないが、はるかに先の話。

仮に今回の実験が正しく、本当に物理だとしたら

まず、示された実験結果は、入門書にのっているような単純な相対論のタキオンとは挙動(E-v relation)が異なる。

 E\neq \frac{m}{\sqrt{(v/c)^2-1}}

なので「ニュートリノの進行方向に激しくboostした系を使えば、ニュートリノは情報を過去に向かってと飛ばせることに…タイムマシンが…」みたいなことは実験が正しかったと仮定してもまだ言えない。

E~10MeVでは超新星SN1987Aにより|v-c|/c<2e-9という厳しい制限がついている。ニュートリノバースト自体は秒単位なのでMeV領域でのenergy dependenceに対する制約は<1e-12/MeVはあるだろう。これがOPERAが使う~10GeVのスケールで突然、超光速効果が顕在化する模型が必要。

すでに、電光石火で理論屋がarXivに投稿しており、観測を説明しうる方便が無いわけではないようだ。光円錐の外側に飛び出すような執筆速度というか、スピードは全てを制するというか、即席麺のようにこんな短時間でいくつも論文が仕上がっていることに驚かされる。

*1:米国最大の加速器Tevatronを有し、ヨーロッパのCERN同様に、米国素粒子実験界隈の中核拠点

*2:MINOSもOPERAニュートリノ振動を測るための実験