113番元素に固有名詞を与えることの学術的な意義はなんだろう

理化学研究所仁科加速器研究センター超重元素研究グループの森田浩介グループディレクター(九州大学大学院理学研究院教授)を中心とする研究グループ(森田グループ)[1]が発見した「113番元素」を、国際機関が新元素であると認定しました。12月31日、国際純正・応用化学連合IUPAC)より森田グループディレクター宛てに通知がありました。これに伴い、森田グループには発見者として新元素の命名権が与えられます。欧米諸国以外の研究グループに命名権が与えられるのは初めてです。元素周期表にアジアの国としては初めて、日本発の元素が加わります。
http://www.riken.jp/pr/press/2015/20151231_1/

2015年12月31日に理化学研究所が発表したプレスリリースによると,森田らの研究グループが報告した「113番元素」が認められ,命名権を獲得したそうだ。元素周期表にアジア初の新元素が加わることになる。

この方面に対する期待は人それぞれだろう。私は主に天文学的な関心から,この分野が進展することを楽しく感じている。たとえミリ秒しか寿命のない超重核であっても自然界と無縁ではない。例えば星が重力崩壊を起こすような状況では,中性子の暴風が吹き荒れる中,恐らく113番元素も含めた,何千種類もの原子核が短時間で生成され,多種多様な核反応プロセスが生じる。

また,今回理研が見つけた超重核とは毛色が違うが,中性子星のクラスト(地殻)のような超高圧高密度*1の環境では,原子核がつながってヒモ状になったパスタ相だとか,陽子が数十個に対して中性子が1000個くらいあるような中性子過剰の液滴がうようよしているといった噂も聞く(図参照)。クラスト物質の特性も,ハドロンの計算や中性子星の観測量に多少は影響するかもしれない。何はともあれ,核子が沢山いる系は興味が尽きない。


噂の例,元素名の左肩の数字は初見だと驚くかもしれない。 Negele et al. (1973)

系統名から固有名詞へ

だいぶ脱線したのでタイトルにもどろう。発見された元素は発見者に命名されるまでは113番元素ならUut (Ununtrium) といた系統名で呼ばれる。名称に使われるのは,1=un, 2=bi, 3=tri, 4=quad....と名前を聞けば何番元素か想像がつく規則正しいものになっている。

そういう規則正しい名前が既にあるのに,バラバラの固有名詞を何のために与えるのだろう。研究者のモチベーションになるだとか,成果をアピールしやすいといった社会的な理由はさておき,周期表上の位置が名前から推測できなくなるばかりか,無駄に覚えることが増えて煩わしく思えるかもしれない。

個性のあるものには固有名詞が欲しい?

この疑問に関しては,恐らくではあるが,学術上も利便性はあるのだろうと推測している。たしかに,初学者にとっては,不規則な名詞が並ぶのは余計な記憶容量を使うので煩わい。しかし,単調な規則では表せない各々の個性に慣れ親しむ段階まで来ると,固有名詞の不在がかえって混乱をまねく。

原子番号26や25と呼ぶより鉄やマンガンと呼んだほうが混乱が少ない。第一世代荷電レプトンや第三世代荷電レプトンと呼ぶより電子(e)やタウと呼んだ方が紛らわしくない。第40代天皇というより天武天皇と呼ぶほうが,何をした人か間違えにくい。

恐らく超重元素であってもそうなのかもしれない。

記憶に関する研究はよく知らないので素人予想になるが,コンピュータとは対比的に,ヒトの記憶能力は多数の個性あるのものを単なる通し番号だけで管理することを苦手としているのではないかと推測している。*2

*1:比重は兆のオーダー

*2:防衛界隈ではF-14F-15F-16F-22のように割と単調な名前をつけているそうで,もしかすると単に慣れの問題なのかもしれない。ただ,この界隈も,元素のようにF-1からF-100くらいまでの100機種が現役だったら,何らかの愛称なり固有名詞が主体になるのではないかと予想している。