ヒッグス粒子をちゃんと理解するにはどのくらい必要?

今回のノーベル物理学賞は大方の人に予想されたように、ヒッグス機構、あるいは特に貢献した人の名前をとってBrout-Englert-Higgs機構(以下BEH機構)に関するものだった。そのうちの一人であるBroutは残念ながら2011年に亡くなってしまったが、50年近い歳月を生き延びたEnglertとHiggsの2人が見事栄冠を勝ち取った。

「ものにはなぜ質量があるのか」という問いに対する重要な解答であり、実験的検証とその理論的な柱であるBEH機構は当然ノーベル賞に値する。

受賞自体に学術上の意味は無く、成人式のように予定された社会的通過儀礼だ。受賞したことで理論の精度が高まるわけではないし、2012年の「発見」も人間が決めた基準にすぎない。数日前と今で理論の輝きに変化はないが、それでも一区切りついたようで実に感慨深い。

標準理論:恐るべき理論の怪物

BEH機構は素粒子標準理論の重要な一角を成している。

三位一体説ではないが、標準理論によると世界は3つの部分によって構成されている。一つ目は、電子やニュートリノといった物質場、2つ目は、光子やウィークボゾンといった「ちから」を司る場、3つ目は、質量を作り出し顔のない素粒子に個性を与えるヒッグス場。

「標準理論ではあれが説明できない。これが説明できない。」みたいな話ばかりが流れているので、いい加減な理論だと思われているかもしれないが、恐ろしいほど森羅万象を説明し尽くす理論であることは強調しておきたい。

例えば電子のg因子は12桁にわたる超精密測定と誤差の範囲で完全に一致する。LHCのような極限領域ですら、あらゆるチャンネルで標準理論からの逸脱は認められない。標準理論の一側面としてマクスウェル方程式のような理工系学生の多くが学ぶ式を導き出すこともできるし、粒子の寿命を計算することも出来る。セシウム137の半減期が30年であることを決めているのも標準理論だ。

標準理論が完成する過程で何十人というノーベル賞学者が生まれ、その精華が一つに濃縮されたのが下の式だ。今回の受賞は、下の二行が実験的に検証されたことでなされた。(式の説明をしだすと2000時間ぐらいかかるので、雰囲気だけを感じ取ってほしい。*1


*2

発見の意義

今回の受賞理由となったBEH機構はそれなりの確度で信頼されており、当然のように教科書の一角を占めてきた。いまさらヒッグス粒子の存在が確認されたところで、それ自体が物理学の世界観を覆すということはないだろう。理論的には何十年も昔の話だ。

MNS行列のexp(iδ)がよく分かっていないだとか細かい部分に着目すればいろいろと未定の部分はあるだろうが、ヒッグス粒子の発見に伴い標準理論は最後の柱が実験的に確固たるものになった。

ヒッグス粒子の質量が126GeVであることや信号の大きさなどは、暗黒物質や階層性問題など標準理論では未解決の問題への数少ない手がかりとなっている。これからヒッグス粒子の特徴を精密に測定していくことで、新たな大発見への扉が開かれるかもしれない。

ところで、ヒッグス粒子の理解ってみんなどうしてるの?

多くのサイエンスコミュニケーターや物理学者がヒッグス粒子やBEH機構について説明しようと頑張っているので、理論の解説は他の人に任せよう。私もいろいろ比喩を考えてみたが、田崎さんがいっているように、ちゃんとした理解はちゃんとしたを勉強する他ない。学問に王道なしだ。

まあ、素人向けの説明だから何でもいいというご意見はあろうが、これは、素人向けとしてもあまりにもひどい。 実際、物理をまったく知らない人には(インチキだとしても)無害なので、まあ気にしなくてもよいのかもしれない。 ただ、学部レベルの物理をちゃんと学んだ人とか、自分で特殊相対性理論を学んでいる人たちにとっては、このインチキ説明は露骨に害があると思う。 つまり、「水飴理論」を真に受けると、
(中略)
本当に理解したいなら、変な比喩を消化しようと苦しむより、学部の数学と物理から出発して場の量子論を学ぶほうがてっとり早いと思う。おそらく数年はかかるだろうけれど、それでも、変な比喩とたわむれるよりはずっと能率的だと思う。 もちろん、「本当に理解したいなら」ということだけどね。 (「本当に理解したいなどとは思わない」というのは、きわめて正しい態度で、普通はそうでしょう。)
http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/d/1207.html#08

場の量子論(以下QFT)の常識はずれな振る舞いを、無理やり日常世界の何かに結びつけて喩えると、大抵はどこかに無理がでてくる。ヒッグスに関するほとんどの一般向け解説は、相対性理論はおろかニュートン力学の性質すら満たさず、ちゃんとした物理を学ぼうとする意欲ある人を混乱させる。

ヒッグス粒子ってなあに?』
http://irobutsu.a.la9.jp/movingtext/HiggsHS/index.html
スリードをなるべく避けるヒッグス粒子の解説に関しては、このサイトの説明が素晴らしい。高校物理を学んだ程度の知識で理解することができ、水飴理論のようにちゃんと物理を学ぼうとする人間に害悪をもたらす説明がない。バネで繋がれた系はクライン・ゴルドン場の挙動をよく再現する。

では、ちゃんとQFTを経由する正攻法はどのくらいコストが必要な道のりだろう。

私もちゃんと理解しているかあやしいが、ヒッグス粒子という言葉に出会ってからからおぼろげな輪郭をつかむまでどのような経緯をたどったか参考までに書いてみよう。誰だって最初は理解していなかったはず。

第一印象:「よくわからんいつものパターン」

ヒッグス粒子という言葉を最初に知った時、私は高校の物理と数学に毛が生えた程度の到達度だった。先端物理を一般向けに説明したような本はよく読んでいた。記憶が曖昧だが以下の様な説明だったと思う。今にしてみれば満たしているのはヒッグス粒子ではないし、昨今批判されている水飴理論だ。

素粒子には本来質量がなく、原始、素粒子は光速で運動していた。真空の対称性が壊れて、ヒッグス粒子が宇宙を満たす。粒子はヒッグスに邪魔されて光速以下でしか動けなくなる。

「対称性が破れる」がなんで「ヒッグス粒子がみたされる」になるのか、つながりがさっぱりだった。「CP対称性の破れ」みたいな類似単語は耳にしていたので、「何かよくわからない対称性が破れると、よくわかない理論でよくわからない何かが起きる」といういつものよくわからないパターンかと認識し、どうせ今の学力では理解できないだろうから深入りしなかった。

質量がゼロであり光速であるものが、空間を満たす何かのせいで遅くなる現象については、よく知っているものがあった。水中の光速だ。等速直線運動のイメージとも相性がよい。

エネルギーと速度の関係については疑問が残った。水中の光はエネルギーによらずほぼ一様に減速するが、物体の速度はエネルギーの平方根に比例する。無論、光の屈折率が波長に依存するように、物体のヒッグス中の屈折率は運動エネルギーの平方根に反比例すると仮定すればE~v^2の関係が出せなくもない。今になって思えば、そんな仮定をしたところで絶対系をおいてしまっているのでどうしようもない。下手の考え休むに似たりだ。

最近ヒッグス粒子について見聞きした方の多くとさほど変わらない理解状況だったと思う。

その後はヒッグスと離れて基礎強化

それからは一般的な大学の物理学系の人間と同じようなことをやってきたように思う。BEH機構の理解に必要かもしれない道具だと、線型代数微積分学、電磁気学解析力学、相対論、量子論群論、振動波動論、複素解析、相対論的量子力学、場の量子論素粒子実験基礎 etc etc

この時間が何千時間になるか分からないが、一般的には3年くらいをイメージすればいいかと思う。私は大学に入る前からフライングで勉強していた分のアドバンテージがあったが、進振り天文学科に進んだので、後期課程(3・4年生)ではQFTはおろかただの量子論すら扱わない時間が劇的に増えた。前期課程から局所ゲージ対称性だとかその手の話に触れる機会は常にあったし、一応は後期課程でもQFT等の講義は受けていたが、一番座学が盛んな時期における勉強不足は否めない。

ヒッグス粒子と再会したのは、今回のノーベル賞の受賞理由となったゲージ場の質量起源ではなく、フェルミオンと湯川結合する粒子としてだった。「mをyに書き換えただけじゃねーか。」という第一印象。院進学以降は、素粒子物理の理解が不可欠なテーマになったので、日常的に触れるようになった。

完走に必要なのは知力ではなく、意欲だろう。不変デルタだのBRSTだのといった数式の森を抜けるには、理解したいというモチベーションが重要だった。新しい理論を生み出すならともかく、十分に整備された既存の体系を学ぶだけならセンスは必要ない。どれほど難解に見える物理であっても、科学の形で記述されている以上、提示された実験事実とロジックを丁寧に積み上げていけば、いつかは理解できるようになる。何年後になるかは当人次第だが

大雑把な概算イメージ

高校物理と高校数学をマスターするのに必要な時間を500~1000時間として、物理学の網羅的な理解ではなくヒッグスだけを目標にするなら、なんちゃって理解を得るまでに3000時間くらいあれば大丈夫だろうというイメージを抱いている。参考書もせいぜい数十冊といったところだろう。ガチでやるなら10000時間とかそれ以上の時間が必要になるだろうが、そんなのは素論の人間にやらせておけばいい。効率よくやればもっと早くなるだろうし、理工系の大学に入学した人間なら、もう二合目ないし三合目までは来たと思ってよいのでは。

質量というダイナミクス

それにしても質量というのは面白い現象だ。中学生でも理解できる概念に見えて、勉強が進むとまったく新しい様相を見せてくれる。

どれだけミクロの世界をみるかで変化する素粒子の質量

もしかすると多くの人は質量は個々の素粒子に対して不変で固有の値を持っていると思っているかもしれない。しかし、SUSYの議論などで顕著だが、電磁気力の結合定数(1/137)が見るスケールと共に変わってくように、素粒子の質量も見るスケールによって違った値となる。例えば極微の世界では同じ質量を持っている粒子が、片方は強い力*3を感じることができたばかりに、われわれの世界では異なる質量の素粒子として観測されることがある。

質量のくりこみ

縦軸は各々の素粒子の質量、横軸はスケール(右に行くほどミクロの世界を見ている)。
出典:A Supersymmetry Primer
http://arxiv.org/abs/hepph/9709356

電子ニュートリノの重さは?

また、一般にフレーバーの固有状態と質量の固有状態はズレている。素粒子の世界では、ヘリウム原子の重さは4u、水素原子の重さは1uといったように一対一対応しているわけではない。例えばニュートリノは、フレーバーが電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノの三種類あるのに対応して、質量の固有状態もν1からν3までの3種類ある。電子ニュートリノは、質量が異なる3つの質量固有状態の重ねあわせ状態として記述される。

|\nu_e> = \alpha |\nu_1>+\beta |\nu_2>+\gamma |\nu_3>

逆に、ある質量固有状態を選ぶと、電子ニュートリノ、ミューニュートリノ、タウニュートリノの重ねあわせ状態になっている。

|\nu_1 >= a |\nu_e>+b |\nu_{\mu}>+c |\nu_{\tau}>

このことは「ニュートリノ振動」とよばれる現象の重要部を占めているけど、話が発散するのでこの辺にしておこう。

最後に

以上の2つは、私が学部時代に学んだことのなかで特に新鮮に感じられたものの集合に属する。このエントリを読んで「質量」というものに興味をもち、本腰を入れて勉強をはじめる方が0.1%でもいてくれれば、非常に嬉しい。

*1:もうちょっと中身を顕に展開された式に触れたい方はこの辺を参考に http://einstein-schrodinger.com/Standard_Model.pdf

*2:mψψみたいなmではじまる項がないことに気づかれたかたもいるかもしれない。ゲージ対称性により、ラグランジアンに勝手に質量項を加える事は禁止されている。代わりに3行目にヒッグス場と物質場の湯川結合が存在している。

*3:強い力:自然界にある4つの力のうちの一つ

陽子や中性子を素粒子として扱う業界ってどこにあるの?

最近知ったことなのだが,どうも高校物理の教科書には原子核より下のすべての構造を「素粒子」としている記述があるようで困惑している。

例えば第一学習社の教科書には以下の様な記述がある。

電子,陽子,中性子などの粒子は,物質を構成する最小単位として,素粒子として呼ばれている。
陽子や中性子核子)はクォークからなるが,素粒子と呼ばれることが多い。

第一学習社

また,啓文社啓林館の記述ではこうだ。

原子核より下の階層の粒子(核子クォークなど)を素粒子と呼ぶ。

啓文社啓林館:

無論,「内部構造をもたずこれ以上分解できない究極の構成要素」としている教科書もある。この場合,クォークレプトンゲージ粒子ヒッグス粒子のみが現在確認されている素粒子となる。

どうも教科書によって素粒子の定義がばらついているようだ。

研究の現場での定義

私が知る限り,陽子や中性子素粒子と呼ばれていたのは何十年も前の話だ。より基本的な粒子であるクォークが発見されたことで素粒子の座から転落した。現在も核子素粒子として扱っている業界は知らない。まだ数人の物理研究者によるサンプルしかないが,概ねハドロン素粒子とする定義に対して違和感を覚える反応で,「原子核より下の構造を素粒子とよぶ」とした人はない。


「いろもの物理学者」こと前野さんの反応も以下のようで

彼の見つけてきた資料では次のように書かれているようだが,現時点で,後者の定義で使っている業界は発見していない。

高校学校物理における「素粒子」の取り扱いに関する変遷
素粒子の定義としては,分割できない,内部構造を持たない究極の素粒子とする定義,自然の階層性に従い原子核の次の段階に来る粒子とする定義,がある。

拙速に「教科書の記述はおかしい」と主張することは避けたいので,誰かハドロン素粒子として扱う業界を知っていたら教えてくれるとたいへん嬉しい。

具体的に鰻の消費をどう制限するか

鰻の危機的な状況が叫ばれて久しい。稚魚の漁獲高は激減し、絶滅すらささやかれている。その原因は様々に言われているが、禁漁ないし消費を大幅に絞るべき状況であることは言をまたない。有志が自主的に食べないだけでは不十分な状況であり、より広く強制力のある抑制が必要だ。

では具体的にどうすればいいだろう。

鰻専門店は生活のすべてがかかっているからある程度しかたないとして、コンビニやスーパーや外食チェーンといった鰻なしでも経営が成り立つ所でカジュアルに消費される分は削り落としたい。

業者あたりの扱い上限

たとえば一事業者につき販売できる鰻は年間XXXkgまでという制限を課すとどうだろう。小さな鰻屋なら問題ないが、全国チェーンで何千店舗とある業者だと一店舗あたり年間数百グラムに扱いを制限され意味のある商品展開ができなくなる。しかし鰻を扱うスタッフだけを個人事業主とするなど、抜け道があるかもしれない。

鰻取り扱い免許

鰻の提供に関してX年の修行や定期的な技術認定といった鰻一筋でやっている職人以外では維持困難な免許を導入するのはどうだろう。すくなくとも素人が片手間に取れる代物でなくすことで全国チェーンの個々の店舗で取り扱う敷居をあげることができる。

鰻保護税

消費を減らすには高額の税をかけてしまえばいい。たとえば『鰻を0.1g以上含む商品に1000円の税を掛ける』といった手法だ。専門店は2500円が3500円になっても凌げるかもしれないが、スーパーの切り身が800円から1800円、コンビニの鰻おにぎりが200円から1200円になったら、商品化を断念するところもでるだろう。

徴収した税は完全養殖の研究や河川の保護に使うなどの用途が考えられる

最後に

わたしは法律や食に関して素人なので発想に抜け道や不具合がたくさんあるだろう。他の人や専門的にやってきた方々の意見が知りたい。

R.I.P. Google Reader

Google Readerが息を引き取った。

8年10ヶ月の命、アクセスできると思ったら反応が悪くなったり、あるいはトップページにとばされたり、apiを受けつけなくなったりと、次々に生の兆候が失われていく生物みたいな死であった。

私にとってGoogle Readerはインターネットの中核だった。Google Readerを通してarXivの論文にアクセスし、知人のブログを閲覧し、大学事務の更新情報を読む。はてブなら複数のタグに属するエントリをまとめて閲覧する。Twitterのようなソーシャルに流行っているものしか集めないシステムではたりない部分に手が届くこまやかさがあった。

世界的にRSSは退潮著しく全盛期の数分の一までPVが低下しているとはいえ、こうやってGoogleに見捨てられる日がくるとは思わなかった。国内ネット大手よりはるかに末永く使えるものと考えてGoogle依存を高めつつあったので廃止のニュースには非常に驚かされた。

今回の態度からみるに、時代の流れ次第ではGmailですら廃止されうるのだろう。プロバイダメールより恒久的に使う中核的なアドレスにしてきたので頭が痛い。

最終的な評価だが、生産性を下げる側面もあったものの、ネットに数多あるサービスの中でとくに役に立つ素晴らしいサービスであったと思う。

スタッフのみなさま、お疲れ様でした。

以下のアドレスで献花ができる
The Google Graveyard

とりあえず避難先として以下の4つにエクスポートした。まだどれをメインで使うかは決めていない。

  1. http://reader.livedoor.com/
  2. http://www.feedly.com/
  3. https://digg.com/reader/
  4. http://www.feedspot.com/

数字が連続して並ぶ問題


今年の東大数学が面白い。恐怖の数字連続問題だ。

次のような自然数Aが存在することを示せ。

  1. Aは連続する3つの自然数の積
  2. Aを10進法で表記したとき、1が連続して99回以上並ぶところがある

受験生は誘導つきだったようだけど、時間のあるはてなー諸氏には不要だろう。誘導に囚われないことで別解も見つかっている。

これをみて以下の問題を思い出した。

√2を1億桁まで10進法表示する。このときどの数字も6000万個以上連続して並ぶことはないことを示せ。

ピーター・フランクルの中学生でも分かる大学生にも解けない数学問題集』が出典で、文字通り中学生にも問題文が理解できる良問だ。命題が正しいことも想像がつく。しかし、証明にはそれなりの模索が要求される。

あとは、この問題が面白い。

pを任意の素数、mを任意の自然数とする。このとき自然数nをうまく選べば、p^nを10進法で表したときその数字列に0が連続してm個以上並ぶ部分があるようにできることを示せ。出典:『2001年数学オリンピック本選』

数字が連続して並ぶ問題はけっこう骨のある問題になることがある。その戦闘力は時に最高レベルの高校生すら満足させる。しかし、難しすぎると投げてしまわないのが肝要だ。1時間考えて手も足も出なくても、1週間後に気づくことがあるのだ。そういう至福の瞬間を味わうには少々の忍耐が必要になる。

解答は以下の通り

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銀河系を旅する彗星:太陽系の縁で起こっていること


図0. 富士山とパンスターズ彗星

パンスターズ彗星(C/2011 L4)が、おそらくその生涯でもっとも明るくかがやいている。ヤツはまだ日没直後の西空にいるので、運が良ければ(図0)のような光景を肉眼で観測できる。


図1. パンスターズ彗星の見え方

かの彗星はすでに70km/s (時速25万km) をこえて太陽系脱出速度に達しており、星図上の位置を刻々と変えている(図1)。すでに近日点を通過し、太陽系に対して露払いとなるヘラクレス座の方角に進路をとりつつある*1。あとはひんやりとした星の海にむかうだけだ。遠い未来、宇宙のどこにたどりつくか知らないが、もう太陽系には二度ともどってこない。

彗星、星の海を渡る


図2. 太陽系外縁部の構造
惑星の外縁にエッジワース・カイパーベルトと呼ばれるリングがあり(紫)、全体を包み込むようにオールト雲が存在している(暗灰色)。

彗星は氷が出来るくらい太陽から離れた涼しい場所で作られた微天体で、遠くはエッジワース・カイパーベルトやオールト雲からやってくると考えられるが(図2)、太陽系は閉じた系ではない。

太陽系の最外部は重力的拘束が弱い。何らかの拍子に太陽系から去っていく彗星があれば、逆に、他の恒星系から弾かれて何十億年という旅の果てに太陽系を通過する彗星もある。太陽系もメンバーに入れ替わりがあるのだ。*2

恒星系から弾きだされた彗星は、銀河系を相当数さまよっている。LINEAR計画による観測では1兆個/立方パーセク *3あたりが上限とされている。土星軌道くらいの範囲に1個以下という勘定になり、太陽とアルファケンタウリの間の空間だけで銀河系恒星数をこえるほどの彗星がうろついている。

銀河系を旅する彗星の特徴と、発見の状況

太陽系への来客を身内を見分ける方法はあるだろうか。

太陽系内を起源に持つ彗星は、離心率が1を大きくこえることはない(最高記録は1.058)。元々、太陽系にかるくトラップされていた彗星がちょっと軌道を乱された程度なので、最大でも太陽系からギリギリ脱出できる程度のエネルギーしかもっていない。近日点では猛スピードだが太陽系外縁部での速度はかなり遅くなる。楕円か、放物線みたいな軌道だ。

一方で、太陽系外からやってくる彗星は最初から太陽系との相対速度がけっこうある。太陽の重力を意識することなくまっすぐ飛んできて太陽近傍でカクンと折れ曲がる離心率の大きな双曲線軌道を描く(図3)。

残念ながら太陽系外からやってきたことが確実な彗星はまだ発見されていない*4。観測にかかるほど太陽に近接する頻度はそんなに高くないだろう。ただ、候補はいくらか存在しており、短周期彗星の96P/Machholz 1 などは、太陽系をちょっと通るだけだった彗星がたまたま木星によって手篭めにされた可能性が指摘されている。

96P/Machholz 1は太陽系外起源の彗星かもしれない - 忘却からの帰還

これから探査技術が発達すれば、太陽系外からはるばるやってきた彗星を特定し、そのサンプルを回収できる日も来るだろう。別の恒星系で作られた物質だ。同位体比や組成がことなる、あるいは新種の鉱物が見つかるかもしれない。


図3. 銀河を旅する彗星の軌道
太陽系外からやってきた彗星(赤い軌道)は、2つの漸近線の角度が大きく開いている

余:彗星による銀河系の酸素循環

彗星は汚れた雪球であるため、氷や石という形で沢山の酸素を含んでいる。彗星が旅することは酸素という元素が銀河内を旅する過程のひとつでもある。ヘリウム主体の白色矮星に対する質量降着の研究などから、あまり全体の元素輸送に貢献していないご様子ではあるが、銀河系のあまり知られていない側面だろう。

参考資料

The Demographics of Long-Period Comets
http://arxiv.org/abs/astro-ph/0509074

AN UPPER BOUND TO THE SPACE DENSITY OF INTERSTELLAR COMETS
http://iopscience.iop.org/1538-3881/141/5/155/

*1:太陽系もヘラクレス座の方向にむかっているので、正確な向きは異なるが、太陽に先行する形になる

*2:基本的に出て行くケースのほうが多い

*3:4.5 e-5 / au³

*4:η Crvのように、太陽系外における彗星発見ならある

天体衝突とはどのような災害か


図0. 地球に衝突する小惑星の想像図(直径10km)

最近、ロシアの大火球で1000人以上の負傷者が出た。直後に小惑星2012 DA14が地球をニアミスするなど天が慌ただしい。

天体衝突は小さな天体でも巨大な擾乱を引き起こす。生み出された衝撃波の威力に驚いた方も多いだろう(図1)。原子爆弾と同程度のエネルギーが解放されたが、高高度で爆発したため数十キロ圏に薄まった影響で済んでいる。

居住地に落ちることは珍しいが、今回の衝突は20年に1回くらい地球のどこかで起きている。日本に限定するなら20000年に1回くらいの事象だろう。*1



図1. 爆風の強度
(上) 響き渡る衝撃波の轟音
(下) 音はないが、物を吹き飛ばして屋内に吹き込む爆風の強さがみてとれる。この風の強さから衝撃波のエネルギーを類推することが出来る。


天体衝突は流れ星から大量絶滅まで幅広いが、ハザードの規模やリスクについて大まかに触れてみる。

まずは有名な事例から

A:ツングースカ級の衝突

1908年にロシアのツングースカで発生した天体衝突は半径30kmの木々をなぎ倒した (図2, 図3)。今回の数十倍以上のエネルギーが開放され、東京-沖縄間に匹敵する1000km離れた窓ガラスが割れたという。爆風半径よりずっと狭いが森林火災も発生している。

小さな天体は空中爆発することが多く、爆風がメインになる。 ただし、鉄隕石のように直径数メートルでも地上まで到達しやすいものがある一方で、長周期彗星のように直径が200mくらいでも大気圏突入に耐えられないものもある。(後者はちょっとした核戦争並の空中爆発もありうる)


図2. ツングースカの大爆発でなぎ倒された樹木


図3. ツングースカ事象の衝撃波(シミュレーション)
上空の爆発で発生した衝撃波が地上に伝わる様子がわかる。
https://share.sandia.gov/news/resources/releases/2007/asteroid.html
(@lh2nhiさんとの会話より)

リスクはどのくらいだろう。

地球上には約500基の原子炉が存在している。地球の表面積は5億平方キロなので密度は1基/100万平方キロ程度だ。ツングースカ事象の頻度を300年に1回とし、1回で3000平方キロの土地を焼き払うとすると、大雑把に地球のどこかの原子炉が被災するのは約10万年に1回という計算になる。個別確率では約5000万炉年に1回といった程度。*2

同様に、日本のどこかの県がツングースカ事象で焼き払われる確率は40万年に1回程度となる。2~3万年前の旧石器時代に、長野県の飯田に隕石が落下し、直径900mの御池山クレーターを形成したと言われている。おそらく爆発の規模は大型水爆に匹敵しただろう。大都市を直撃すれば100万単位の死傷者が出ることになる。


B:チチュルブ級の衝突

次に大きな衝突、(非鳥類型の)恐竜を滅ぼしたチチュルブ衝突事象について考えてみる。巨大な天体衝突は災厄の万国博覧会だ。衝撃波、輻射、化学汚染、津波地震オゾン層破壊、流星雨、酸性化、光合成停止……何でも揃っている。

B1. 灼熱の火球

水爆のような小さな爆発は火球が上昇気流によってキノコ雲を形成するが、チチュルブ衝突のように1億メガトンの爆発は違う。火球が大気の厚さより大きくなるので、周囲には真空しか存在しないので上昇気流もない。太陽表面より熱い灼熱の半球体が膨張しながらただ自由落下*3し、そのままペチャっと潰れる。

図4は、19841994年にシューメーカー・レヴィ第9彗星のG核が木星に衝突した様子を示したものだ。舞台は地球ではないが、衝突によって惑星サイズの火球が形成され18分後には完全に落下しきっているのが分かる。

地球上で火球を目撃する者はいない。それを肉眼でとらえる位置にいる者は松明になっているだろう。ただし、地球には地平線があるため、火球が焼き尽くすのはせいぜい百万平方キロの範囲になる。


図4. シューメーカー・レビィ第9彗星G核の衝突による火球
長さの基準が10,000kmであることに注意、月より大きい。

B2. 流星雨:降り注ぐものが世界を滅ぼす


図4b. 流星雨

火球の一部といってもいいが、エネルギーが数百万メガトンを超えたあたりから、破片が大気圏を貫通して宇宙空間に撒き散らされるようになり、惑星全体に恐るべき流星雨を降らせはじめる。

これは私達がイメージする流星群とはまったく別種の光の国からやってきた豪雨で、あまりに数が多すぎて世界は失明するレベルで照らされ、オーブンより熱く、物が自然発火するレベルの流星雨だ。流星は何十分も降り注ぎ惑星規模の大火災が発生する。

爆風や火球と違い流星雨は惑星に対する全体攻撃で、地平線遮蔽や逆自乗減衰が存在しないため、大衝突では他の効果より広範囲になる。

流星雨で高層大気は1000K~2000K以上に熱くなり、大量の窒素酸化物が生成されてオゾン層を破壊し始める。

この流星群を前にしては、国際宇宙ステーションに逃げても助からない。軌道上は数千億トンの破片による暴風が吹き荒れる。火球が減光するまでに一度でも地平線に入れば、太陽を何百と束ねたような熱輻射で焼却される。

B3. 衝撃波、熱風、地震

ツングースカと違いチチュルブ級になると爆風の影響はメインでなくなる。エネルギーが宇宙空間に逃げるのもあるが、衝撃波が致命的な力を有するのはせいぜい百万平方キロメートル程度だ。

爆心地からは灼熱の熱風が吹き荒れ、分厚いダストの雲が惑星全域に広がっていく。

衝突にともなう地震はM10ないしM11程度と推定されている。また、各地でM9の巨大地震を次々と誘発させる可能性はある。ただ、これは生物を滅ぼす上ではあまり関係ない。

B4. 津波

津波は内陸に数百キロに渡って侵入する可能性がある。太平洋側から押し寄せて日本海に抜けていくレベルだ。


図5. 津波の初期状態:クレータ中央部に形成される水塊

クレータに海水が殺到し、数時間かけて中心に富士山より10倍は高いはごろもフーズが形成され(図5)、それが崩壊して世界中に津波が広がっていく。

海の深さによる限界があるため、巨大衝突では津波に使われるエネルギーの割合が小さい。太平洋を想定すると、クレーターの縁で水深に相当する波高5000メートル程度、あとはエネルギー拡散から概ね距離の逆一乗則で見積もれる。遠くの海岸では数百メートルから数十メートルの波高になる。チチュルブの時は海が浅かったせいか津波はもっと小さい*4

B5. 恐竜にとどめを刺したのはダメ押しの追加効果

爆風と火球によって大陸が一つ焼き払われ、津波によって海岸が舐め尽くされても、それだけでは種を滅ぼすには至らない。流星が世界を焼き尽くしたところで、洞窟の中にいれば助かる。滅びは、さらなる追い打ちによってなされた。

  1. 衝突エネルギーが数百万メガトンを超えると、空は新月どころか肉眼で何も見えないレベルまで暗くなり、陸でも海でも光合成は完全に停止する(図6)。これにより植物、草食動物、肉食動物の食物連鎖が壊滅した。
  2. 深さ数百メートルまでの海と陸の全域は酸性化し、生態系にさらなる追い打ちをかける。石灰質の殻を持つプランクトンは溶けてしまう。
  3. 流星雨で焼きつくされた闇の世界に世界に追い打ちを掛けるように、衝突の冬が到来する。場所によっては30度以上気温が低下する場所もあったという。
  4. 他にも、有毒物質による汚染だとか諸々あるがこの辺にしておこう。

現代でこのクラスの衝突が発生したら、沿岸地帯の消滅、都市の焼失と食料生産の停止を覚悟した方がいい。何より明かりを得るのにも燃料がいる。この状況で、原子炉の保全等がどの程度要請されるかはわからない。

おそらく人類は滅びないだろうが、かなりの人口減は避けられないだろう。


図6. 空の明るさ
横軸(上)が衝突のエネルギー(メガトン) 、縦軸が日照量(大気の透明度)に対応する。10^6~10^7メガトンで急激に世界が闇に閉ざされていくのがわかる。(Toon et al. 1997 より拝借)

C:ツングースカとチチュルブの中間はどうなの?

中間では、中間的なことが起きる。


少し補足しておくとこんなイメージ

  1. 小さい衝突は途中で燃え尽きるかそうでなくても、石ころを撒き散らすだけだ。
  2. 100キロトン級のエネルギー(小型原爆相当)になると衝撃波の影響が地上にとどきはじめる。20年に1回程度。(今回の事象?)
  3. 10メガトン級(大型水爆相当、)になると数千平方キロの樹木をなぎ倒すほどの衝撃波を発生させ、火災などの影響も見られるようになる。ツングースカ事象(~1/300 years)
  4. 1000メガトン級の衝突は1万年に1度くらいであり、地上にも余裕で激突するようになる。海に落ちれば津波は大地震に匹敵し、大きな被害をもたらす。キノコ雲の高さは宇宙空間に達し、これ以上成長するのが難しくなる。
  5. 100万メガトン級は数百万年に一回であり、巨大津波や気候変動が生じる。天体の直径は1kmを超え、衝突点一帯は完全に壊滅する。億単位の死傷者が想定される。
  6. 1000万メガトン級で、世界中に流星が降り始め。世界は闇に閉ざされる。オゾン層が心配だ。
  7. 1億メガトン級になると、世界の酸性化が深刻化し、流星雨が全球に深刻な影響を与える。恐竜を滅ぼしたレベルの災厄に包まれる。

天体衝突による津波は巨大衝突ばかりが注目されるが、単位時間あたりの擾乱面積に関して言えば、小さな天体がたまたま大都市の近くにダイブするリスクがかなり効く。天体が地上に到達するサイズになると、海面に1kmくらいの穴を余裕で空けるので津波が無視できなくなる。

D. このような天体の所在はどのくらいわかっているか

宇宙は広い。地球近傍軌道に関して言うと、1km以上の天体ならほぼ発見されている。しかしより小さいレベルの天体となるとほとんど見つかっていないようなもの。


図7.地球近傍天体の分布
縦軸(左)が天体の数、横軸(緑)が天体の直径(km)

ちょっと古い絵になるので現在とやや状況が異なるが、青いのが存在していると推定される地球近傍天体の量で、赤いラインが2009年までに発見されたものになる。この時点だと、ツングースカ級の天体は10%以下、10mの天体だと数千分の一しか見つかっていない。


E.参考資料

著作権的にマズイ気がするが、恐竜の絶滅を扱った映像で、知る限り一番実感に近い。

http://dsc.discovery.com/video-topics/other/dinosaur-videos/last-day-of-the-dinosaurs-a-storm-is-coming.htm

決着! 恐竜絶滅論争 (岩波科学ライブラリー)

決着! 恐竜絶滅論争 (岩波科学ライブラリー)

2010年の有名な論文を書いたメンバーの一人であるK/Pg境界の第一人者によってかかれた一般書。いかに火山説のような他説がもう廃品回収に出すべき代物で衝突説がいかに素晴らしいかについて書かれている。

[http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1029/96RG03038/abstract:title=http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1029/96RG03038/abstract
]
Environmental perturbations caused by the impacts of asteroids and comets
Toon et al.
97年とやや古いが、天体衝突についてまとめられた素晴らしい論文、基本的にこの知識に基づいている。最近の結果だと、もうすこし衝突頻度は下げる方向かもしれない。

*1:日本の国土面積は地球の1300分の1、近海も含めるともう少し多い。

*2:注:原子力に関するオフィシャルな推計ではない。1桁くらいの誤差はある

*3:弾道飛行

*4:といっても、メキシコ湾の対岸で数百メートルはあるが