家庭で反物質は作れるか?:お手軽陽電子編


やー、反物質というとSFに登場する架空の存在だと世間様に思われているかもしれないけど、医療など意外にわれわれの身近なところで使われている。とはいえ、反物質なんて実感がわかない。ということで、家庭で簡単に反物質が作れる方法がないか考えてみるよ。

いきなり反アルミニウムとか複雑な構造をもたものは難しいので、とりあえず一番簡単な電子の反粒子である陽電子を作ってみよう。さすがに小麦粉を混ぜたくらいでは作れないが、いまでは学生実験でも簡単に取り扱えるありふれた存在だ。陽電子とは電子の反物質で、質量や相互作用といった電荷以外の性質は電子と全く同じ*1だが、電荷だけが逆のプラスになっている粒子だ。自然界で生成された陽電子は速やかに電子と対消滅を起こしてエネルギー(ガンマ線)に変換される。そのエネルギーは1円玉ほどの反物質があれば山手線の内側を更地にできるほどだが、そこまでの大量生産を行う技術は今のところ存在しない。

3分レシピ

さて、陽電子ができる条件だが、

その1:陽電子を放出する放射性物質を買ってくる。

最もお手軽に陽電子を生成する方法だ。放射性物質の中にはベータ崩壊を起こすものが沢山存在するが、ベータ崩壊には電子を放出して原子番号が1増えるベータマイナス崩壊と、反物質である陽電子を放出して原子番号が1減るベータプラス崩壊が存在する。酸素15やナトリウム22など中性子に対して陽子が過剰な原子核電荷を減らしたいのでベータプラス崩壊を起こして安定になろうとする。

(陽子)→(中性子)+(陽電子)+(ニュートリノ)

特殊な装置を用意しなくてもこの手の放射性物質がちょっとあれば反物質は幾らでも生産される。課題は一般人にこの手の放射性同位体が手に入るかなんとも微妙なところだが、線源の強さによっては意外に通販で買えたりするものもあるようだから、もしかすると家でも陽電子が作れるかもしれない。この手の世界はいろいろと法律が厳しいようなので、注意が必要だ。気づいたら自宅前に公安がなんてことにならないように。

個人宅にIAEAの査察が入るなんてことはあるんだろうか。

その2:物質を100億度ぐらいの温度に加熱すれば自然に発生する。

超高温の世界では光と電子/陽電子はある種の平衡状態にある。
(ガンマ線)⇄(電子)+(陽電子)

例えば、重たい星が超新星爆発を起こす直前の最終段階では中心温度が50億度ぐらいになって、真空から電子と陽電子が対生成されるようになる。ビックバン直後の高温の宇宙でも陽電子はウヨウヨいた。大体100億度ぐらいを境に反物質はありふれた存在になる。

最高性能の粒子加速器はこの1000万倍の温度を作り出す事ができることから分かるように、この程度の温度を作る事は施設さえあればそれほど難しくはない。

ただ、家庭で100億度を作るとなるとガスコンロなんかでは温度が足りない。がんばって暖める必要がある。酸化鉄とアルミ粉末があればテルミット反応で2500度ぐらいはいくだろう。電子レンジのコンセントを適当に引き抜いてきてスパークさせれば数千度ぐらいには達するかもしれない。家庭で100億度となるとすこし厳しい。

ただ、スーツケースサイズの加速器なんかも作られていたりするので、そのうち、秋葉原あたりで買ってきた部品を組み合わせれば作れるようになるかもしれない。

その3:高エネルギービームを物質に照射すれば大量に生成される

現在一般的に用いられている陽電子の大量生産方法だ。巨大な粒子加速器で作られた高エネルギーの電子やガンマ線タングステンなどの高密度物質に突入させる。散乱によって解放された莫大なエネルギーが電子や陽電子を生成し、それらがまた他の原子をかすめて連鎖式に対生成が起こり、無数の電子や陽電子ガンマ線で構成されたシャワーが発生する。必要なエネルギーはできれば数十億ボルト、最低でも数百万ボルトの電圧を掛けて電子を加速してやることが必要だ。

さて家庭用電子銃の作り方だがテレビのブラウン管のお化けを作ればよい。テレビで数万ボルトだからその100倍のものを作ればいいので、あながち届かないというほどでもない。

お金に余裕があって、どうしても反物質が作りたいのなら医療用のPET(陽電子放出型撮像装置といって人間の断面図とか撮影するやつ)用が数億あれば買えるので、サイクロトロンさえ買えば反物質作り放題だ。ビームシャワーによる生成についても100億はしない。

その4:宇宙線を使う

目に見えないし普段感じる事も無いが、私たちの身の回りには常に宇宙から宇宙線とよばれる高エネルギー粒子が降り注いでいる*2。それらは遠方の宇宙から降り注ぎ大気や地上の物質と衝突して反物質を生成することがある。生成物を測定するにはそれなりの装置と工夫が必要だが、反物質を作るだけなら金属板でもおいておけばいい。空からふりそそぐ透明な粒子の雨によって反物質が生成されては消滅する、ミクロの世界では日常的に起っている現象だ。

そもそも最初に発見された反物質である陽電子自体、高エネルギー宇宙線の中で見つかったものだ。

その5:off-shellでならいくらでもいるじゃないか。そもそも場の量子論を考えれば電子や陽電子は存在するとか生成するという代物ではなく、ある一定の存在確率を常に有してだな、真空自体が量子振動で揺らいで・・・

理学部棟にかえろう。ね。

その6:時間を反転させる。

反粒子は時間を逆方向に進む粒子と解釈することができる。時間を逆転させれば物質と反物質の立場は逆転する。方法すら思いつかないが、時間を逆流する観測者からは世界のほとんどが自分にとっての反物質に見えるだろう。

*1:厳密には同じじゃねーぞという物理屋のKYなツッコミは受け付けない。

*2:陽子とかが多い