10億年以上の未来:CO2と温暖化について

「6億年前の全球凍結後の地球は二酸化炭素濃度が0.1atmあって、平均気温も50度ぐらいの時期があったんだし、数億年のスケールでみれば現代の温暖化って普通じゃね。人類や今いる種のいくつかは絶滅したり多少は困るかもしれないけど、生物圏自体は相が変わるだけで不動のままだよ。」みたいなことを言っている人がいるようだが、地球と生物の歴史を過信していると思う。地球環境や生物圏は極めで強靭で柔軟性の高いシステムだが永続する存在ではない。地球は閉鎖系でもなけれ安定状態にあるわけでもない。ただ、バカみたいにシステムが大きいので根源的な前提が変化するのに数億年の時間が必要なだけだ。時間は逆転しないように、失われたものは回復しない。10億年を超える時間スケールでこの世界は安定ではないし、数億年前と同じ未来は二度と訪れない。

まず6億年前と決定的に異なる点は、当時より太陽が明るいということだ。太陽は1億年に1%というゆっくりとしたペースで次第に増光している。破局に向かってゆっくりと転がり落ちる灼熱の時限爆弾だ。核反応によって100億年ほど延命されてはいるもののその熱力学的帰結として重力の呪いから逃れることはできない。ヘリウムのゴミがコアに蓄積して燃料である水素が欠乏しエネルギー効率が低下するにつれ、コアは自らの重量を支える温度と圧力を維持できる点まで収縮する。重力に抵抗するためにコアは収縮し続け、より高温になり、増大する熱輻射を受け外層は膨張していく。ヘリウムを燃やそうが炭素を燃やそうが、核は有限のエネルギー。太陽の中心部はいつかは重力に敗北し、*1電子縮退圧によって支える状態(白色矮星)まで押しつぶされる。

このコア収縮プロセスによって、既に太陽は原始地球の頃から35%明るさを増している。6億年前と比べて太陽光度が増大している以上、0.1atmの CO2に対して同じ未来は訪れない。水蒸気の複雑な影響を慎重に考慮する必要はあるが高温型気候の安定解はかつてより過酷になるだろう。太陽光度の増大は加速し、赤色巨星化をまたずして40億年後には2倍になる*2。地球の海はあと10億年もすれば蒸発し、大気上層で分解され、水素は宇宙空間に流出して二度と帰る事は無い。水は完全に地上から失われる。

中長期的な気候変動要因としてはプレートテクトニクスを無視することはできない。十分に冷却して8億年前から海水をスポンジのように吸うようになったマントルは「地下の海」といえ、計算上は10億年もあれば地上の海を飲み尽くす。大陽の増光によって干上がると同時に、マグマの中へと海水は消えていく。太古、地球はそのほとんどが大洋に覆われた文字通り「水の惑星」だった。今では陸地が3割まで拡大している。海という生命のゆりかごはその一生の大部分を終えつつあり、既に老年期だ。

炭素の枯渇も10億年以上のタイムスケールでは深刻だ。太陽光度が増大し続けているにもかかわらず、数十億年スケールで地球が寒冷化してきたことは温室効果ガスであるメタンや二酸化炭素が減少してきたことが原因と考えられている。しかし、それももうほとんど残っておらず大気への影響力は失われつつある。かつては数十気圧あった二酸化炭素も今では400ppm(0.0004気圧)程度だ。わずか1億年前の白亜紀ですら今の10倍のCO2が大気中に存在した *3

地上に存在する炭素は珊瑚などによる固定活動と火山活動のバランスによって決定されるが、海溝にドナドナされた石灰岩がどれだけ火山活動で戻ってきているかあやしいところだ。長期的なタイムスケールでは炭素固定が卓越している。CO2がさらに1/10になるのは数億年以内のオーダーだと言われ、海の消失に比べてそれほど遠い未来ではない。CO2が一定以上なければ光合成を行う事は不可能、バランスをとるにも炭素がない。海が無くなるより炭素枯渇で生物圏が枯れ果てる方が早い。

二十数億年後の地球晩期気候についてはよくわからない。海は既に消えて無い。枯れた地上を異常な明るさの大陽が焼き焦がす。炭素は枯渇し、生物圏は大きく後退している。この先の地球気候がどうなるかついてのシミュレーションや専門家の文献は持ち合わせていない。海はマントルと宇宙へ流出し続けており、地球がカラカラに乾いた灼熱の惑星へと移行するところまでは固い。

水圏と生物圏の大半が喪失すれば溶け込んだり炭素固定する連中がいなくなる。CO2は再び増加に転じるのではないかという予想はある。水が地上から失われた以上生物圏復活シナリオは考え難く、海も存在しない以上大気のバランスを取るものがいない。二酸化炭素が蓄積され続け数十気圧に達する頃になれば、金星化シナリオもそれほど無謀なルートではない。金星が金星である所以はCO2が溶け込むべき海が失われたことによるところが大きい。ただし、火山活動は長期的には地球が冷える事で停滞するので、将来的にCO2の供給は減少することには注意する必要がある。また、重要な温室効果ガスである水の喪失の影響がどの程度かについても議論が必要だ。

専門ではないのでラフにしか議論できないが、恐らく長期的*4には温暖化シナリオだろう。それ以上のことは惑星科学屋に聞いておくれ、いちおう天文屋でもあるけど、地球の未来なんて実に専門から遠い身としては、この程度の想像が限度だ。

*1:質量や環境によらず恒星の最期の多くは重力の勝利に終わる:燃料枯渇による白色矮星への移行、重力崩壊によるブラックホール中性子生の形成などなど。例外はType-Iaの超新星ぐらいで、この場合は暴走した核燃焼により星全体が一個の原子爆弾となって爆散する。

*2:赤色巨星になれば、増光は1000倍を超える。太陽は終盤に質量放出を繰り返して重力が減少するので、地球軌道は今より遠方へと移動し、地球が太陽に飲み込まれる事は無いと考えられている。しかし、赤色巨星化した太陽の膨大な熱輻射は地上のすべてを融解させるのに十分な量だ。

*3:特異性のある白亜紀のCO2濃度を出すのは、誤読を誘う不誠実な記述かも。

*4:20億年程度