バードウォッチング:眼には見えないもの

昔話。雑誌で募集していた地元の野鳥観察会が気になって飛び入りで参加したことがある。何で気になったのか自分でもわからない。「事前申し込みなし、誰でも参加OK」という定型文に重力を感じてそのまま足をすべらせた。

中学生だった当時の後先考えない無謀な行動力と好奇心だけをかばんに詰めて現地に向かった。鑑別能力はせいぜいスズメとハトとカラスを分けるくらい。観察会の空気に対する情報もなければ、野鳥に関する予備知識もゼロだ。持ち物は記録用紙や防虫スプレー、双眼鏡すらもたず、ほぼ手ぶらで普段着だった。

現地に到着する。50代を中心軸に壮年から高齢の20人ほどの男女がガヤガヤしていた。彼らは普段からよく集まっているようで馴れ合い的な空気が漂っている。ここにきて初めて、同年代前後20年くらい誰一人いないという当然想定されるべき事態に気づいた。

どうやってその場に入って行ったかはよく覚えていないが、わりとすんなり溶け込めたような気がする。ただ、20人の鳥オタ先生と1人の生徒による授業という関係で、私がすこし場を歪めていたような曖昧な記憶はある。「うぉ!」「へー。」「どこですか?」「すごい!」といったリアクションと質問を繰り返して、ひたすら薀蓄を浴びていた。

残念ながらその薀蓄は1週間以内に抜け落ちたが、いくつか印象に残っていることがある。まず、彼らがバードウォッチングを非常に楽しんでいるということ、たぶんライフワークになるのだろう。説明するときもほんとうに嬉しそうに説明してくれた。

ふたつめは、日本に、というよりも地元に、こんなにもたくさんの種類の鳥類が存在していたことだ。観察会があった場所は自宅からそれほどはなれていない海岸の防風林だ。近所に住んでいる鳥なんてせいぜい数種類だと高をくくっていたが、実際にはその数倍以上の豊かな生態系が広がっていることを知った。

みっつめは、鳥を検出する能力だ。見渡しても木々がひしめいているだけの退屈な風景の中から、彼らは狙撃兵のような速さと正確さでターゲットを発見した。私は、あそこにいるといわれて、近づいて、指をさされて、双眼鏡を貸されてから、やっと存在を確認するばかりだった。(同じ場所は、私もさっき見渡したはずなのに・・・。)百人一首で上級者にひたすら札を取られているような気分、当時イメージセンシングに少し興味があり、彼らの探索アルゴリズムは魔法か何かのように思われた。ただがむしゃらに走査しても見つからない。彼らに見えて私には見えないものを思案し続けた。

見えない何かが見える以上「視力の違い」を可能性として考えた。当時の私の裸眼視力は2.0であったが、それ以上の視力を仮定した。「バードウォッチャー=異常視力集団」というのは、当時の自分が安易に下した結論だ。

その結論は海岸でさらに強化される。林を抜けると、何ひとつ遮るもののない砂浜に出た。彼らは、沖合いのテトラポッドに止まっている海鳥について議論しはじめた。場の中心にいる薀蓄大王、裸眼で曰く、「胸が△△色だから、○○の仲間で、たぶん××。」、双眼鏡をもった別の人曰く「羽が☆☆でくちばしが ××。」

はるか沖合いの消波ブロックにスズメほどの鳥がとまっているのはかろうじて認識できる。しかし、いくら眼を凝らしても芥子粒みたいな白い点でしかなく、全体はともかく胸の色なんて火星の運河なみのオカルトである。半分の距離ならなんとか識別できる自信はあるが、あの距離では妄想を膨らませるのがせいいっぱい。大王の視力は3か4か?そんなことを考えていた。

丸一日、周囲の野外講義を受けながら鳥を探し回り、満足感のある疲労をかかえて家に帰った。

今になって振り返れば、大王は恐らく視力だけに任せて見ていたわけではない。知識と経験は見えるもののゆらぎをグッと絞ってしまう。確かに胸の色であると完全に確認できなくとも、あらかじめ数パターンに選択肢が絞られた状況でなんども経験を積めば、微妙な雰囲気の違いとして識別しうる。そして、鳥を探すときのアルゴリズムについても、あらかじめ可能性の高い場所を細かく絞るだけでなく、鳥が潜んでいる場所が発するかすかな違和感をまだ鳥そのものが見えないうちから読み取るのだろう。その違和感は明文化できるものもあればそうでないものもある。

ちょうど、我々が微妙な明るさの空で雲と天の川を識別するときのように、濃淡と位置の記憶がそこにあるべき微妙な差異を抉り出す。虚心坦懐に見ているだけでは決して見えてこない観測限界付近の虚像ともいえるが、これが意外に役立ったりする。無論、最終的に何かの検出を主張するには、こんな疑似科学の温床になるようなものに頼ってはいられないが、ちょっとした発見にはよくあること。


ところで話はまったくかわるが、この鳥の名前を一度聞いて以来、忘れることができない。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%82%AB%E3%83%8F%E3%83%A9

スズメの仲間で「アカハラ」って名前なんだけど、眼光が鋭いよ。