ねえ、パパ、この望遠鏡買ってー。今なら2000億円だってー。
すばる望遠鏡は世界を代表する望遠鏡の1つであり、8mクラスを1枚鏡で製造した現代の驚異だ。お値段はいろいろ込みで500億円ほどで、50年くらいでの減価償却を予定している。すばる望遠鏡を作る予算を確保するための大人の事情で、東京天文台の組織改変が行われ堂平観が閉鎖された。
ただ、時代は進むものだ。世界では次世代望遠鏡がいくつか建設され、より野心的なプロジェクトも計画されている。日本の科学技術予算と天文学のシェアを考えるともう日本の国力では手の届かない代物なので、指をくわえつつすこしだけ紹介してみる。日本主導はソフトバンクのお父さんあたりが天文学に目覚めてポケットマネーを大放出しない限り無いさそう。
OWL Telescope
OWL望遠鏡(Overwhelmingly Large Telescope)はESO(ヨーロッパ天文台)が計画し技術の限界に挑戦した大口径可視赤外鏡だ。その口径は100mに達し、驚異の分解能と集光力を誇る。望遠鏡を格納するドームの直径は250mで、観測の際には巨大な列車砲のようにキュラキュラと出てくる*1。超高層ビルサイズの望遠鏡面を光の波長以下の精度で管理する技術が要求される。
望遠鏡が光を集める能力はその面積に比例し、今まで見えなかったようなより暗い天体を観測することが出来るようになり、同じ量の光を集めるのに必要な時間も短くなる。もはや、センサー感度は光を一粒ずつカウントするレベルに達しているため*2、面積を増やす以外での性能の大幅な向上は見込めない。OWLほどの大口径鏡になると、そのスピードはハッブル宇宙望遠鏡の1000倍を越える。長い時間をかけて露光するのが常識の天体観測で1秒撮像なんて規格外もいいところだ。一晩に撮像できるデータの生産能力を考えると、こういう化け物にこれからどうやって対抗したらいいんだろう。
分解能も回折限界で0.5msec、実際の能力はAO(補償光学)次第になるが、今まで見えなかった新しい世界を見通すだけの十分な能力を有している。
話はそれるけど、最近のAO技術はスゴイよ。一等星なんかの光の波面を基準に毎秒1000回ぐらいの速度で可変鏡をグネグネ変形させて大気揺らぎを打ち消す技術だけど、AOがonのときとoffの時では像のクリアさが全然違う。近頃は基準天体のないような場所でもレーザーで高度100kmぐらいの場所に人工的な星を作ることで対処することが可能になった。(下の写真はAOの有無による分解能の比較)
気になるOWL望遠鏡のお値段は2000億円ほど、現在計画は縮小されて半額以下の40m鏡で調整中だ。2010-2020年代のビジネス。
SKA Telescope (Square Kilometer Array)
文字通り1平方キロメートルの開口面積をもつ電波望遠鏡で、外側はまばらになるが、その大きさは建設地であるオーストラリア大陸を覆い尽くす。直径3000kmの望遠鏡であり、ALMAのちょい下あたりの周波数帯を狙う。今なら2500億円ほどで買えるよ!
2012年建設開始で、2020年に観測開始という話。宇宙で最初の星が生まれる前、あの暗黒時代に光を当てよう。宇宙で最初に輝いたもの達の特性を調べ銀河の黎明と進化を垣間見よう。SETI、GRB観測、ダークエナジー、銀河中心核、用途はいくらでもある。
IceCube
光赤外と電波を紹介したからには高エネルギー側を扱わない訳にはいかない。色々迷ったが、南極点の地下2000mに建造中のIceCubeニュートリノ天文台を紹介してみる。
「次世代じゃないじゃん、現在進行形じゃん。」という突っ込みはなしで。南極の氷床を利用して1kmサイズの巨大カミオカンデみたいな望遠鏡が南極に建造されている。超高エネルギーの宇宙線を観測するための装置で、透明な氷の中をチェレンコフ光が走る。前2者よりは低コストでできる。
相互作用の弱いニュートリノは、GZK限界(4e19eV)と呼ばれる宇宙に満ちた光子バリアを突破しうる。このバリアはある一定以上のエネルギーを持った宇宙線をブロックしてしまう。超エネルギーニュートリノを観測することで、加速器や他の宇宙線では見ることの出来ない極限の宇宙を明らかにする。
日本の天文学がこの先生きのこるには
さて、こういう化け物に日本が対抗して独自の望遠鏡プロジェクトを設置するのは難しい。新たな一歩を踏み出すどころか、現在ある施設を守るだけで精一杯。ただ、守っているだけではジリ貧だ。アピールできるような新しい成果が出なければ予算は減っていく。施設の維持は困難になり、成果も益々減っていく。
21世紀に入り、もはや天体観測は一国の手に負えるレベルを超えている。恐らく、アメリカか欧州が立ち上げたプロジェクトに乗っかるか、もっとニッチな方向を探すか。ただ、そのニッチな方向とやらも30年前はいざしらず今では立派な巨大科学へと成長し、大資本を抱えた世界のライバルがひしめき合っている。
今後の新興勢力の可能性としては、理論はともかく施設面に関しては中国やインドの影響力はまだ大きくない。ただ、今後の膨張具合によっては、彼らに乗るという道もあるのかもしれない。
独自の計画や設備はあきらめて、外で盛り上がっているプロジェクトにお金を出してユーザーとして参加していく。例えば、中国で大きな計画が立ち上がったらそこに何十億か拠出して、装置開発の一部を請け負ったり観測時間を分けてもらう。たぶんそういうやり方が少なくとも短期的には正解だし、果てしなく続くスペックのインフレ競争の中では、そうでもしないと成果は出せなくなっていくのだろうけど、・・・・うーん、そんなに単純な話でもないか。