重力波天文学がはじまる

ブラックホールの衝突に伴う重力波が観測されたというニュースが世界中を駆け巡った。洞窟に残された簡素な暦にはじまる天文学3万年の歴史においても特別な瞬間だ。

今から約400年前,ガリレオが望遠鏡という発明品を使って天体観測を行い,肉眼の限界を超えた宇宙の深淵に至る扉を開いた。近代天文学の到来である。人類が知る宇宙は劇的に広くなった。

今から約100年前,可視光以外の電磁波を観測する望遠鏡がまったく異なる宇宙を人類に見せた。ブラックホール ,分子雲,星間磁場,さまざまなものに満ちた宇宙,20世紀を特徴づける全波長天文学のはじまりである。20世紀末には光子以外の粒子を使った天体観測も急速に発達した。

そしてついに究極の透過力を誇る重力波を使った新たな宇宙観測への扉が開かれた。

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LIGOで観測された重力波

A. 重力波はどんなものか

まず,電磁波を既知として,重力波がどのようなものか比較してみよう。

電磁波が電磁場の波であるのに対して,重力波は時空の歪みが伝搬する。重力波が通過すると空間が変形(伸び縮み)して潮汐力を受ける。超強力な重力波を浴びても,SFのアトラクタビームのように重力波源に引っ張られたりしないし,地震のように上下左右に振り回されもしない。重心は動かないまま全身をいろんな方向に歪められるイメージを抱くとよいかもしれない。

重力波は横波だ。進行方向をzとすると変形はxy方向に起こる。適当な条件とものさし(ゲージ)を選んだ場合,方程式も似た形で表せる。*1

偏波が2つあることや光速で伝わることも電磁波と同じだ。しかし,電磁波と違って90度回転させたら自分自身と同じモードなので,偏波は互いに45°ずれる。電磁波はダイポールアンテナで効率よく発振できるのに対し,重力波は双極子ではだめで四重極の摂動が必要になる。

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電磁波 重力波
振動するもの 電磁場 時空の歪み
縦波?横波? 横波 横波
自由度 2 2
伝搬速度 光速 光速
発生源 電荷・電流の変動 エネルギー運動量の変動
最低次の摂動 ダイポールで可 四重極の摂動から
透過力 物質で散乱・遮蔽 極めて高い
検出のしやすさ 比較的簡単 至難
方程式 \left( -\frac{\partial}{c^2\partial t^2}+\Delta \right) A_\mu =0 \left( -\frac{\partial}{c^2 \partial t^2}+\Delta \right) \psi_{\mu\nu} =0

B. 重力波を観測することで何が得られるのか

重力波の観測が何に繋がるのか,「物理学」「天文学」「工学」の側面からすこし記述しておこう。

B1. 物理学的な意義

重力波は,脱出速度が光速に迫るような真に強い重力下で,時空が激しく変動するような世界でも,相対性理論が正確であるかを検証することができる。

一般相対性理論の検証は,今日に至るまで無数に行われてきた。建物の1階と4階では時計の進みが精密な時計で測定可能なレベルでずれる。地球の自転によって慣性系が引きずられる。近日点移動や重力レンズ効果も計算通りだ。しかし,これらは重力が静的で弱い極限での検証だ。

相対性理論の検証だけでなく,他の理論の検証にも有効である。コスミックストリングなどいくつかの理論で予想されている物体は重力波を放射すると言われている。

重力波分散関係を調べることで,グラビトン(重力子)の質量を推定することが出来る。今回の観測から,重力子の質量は 2.1\times 10^{-58} [kg]以下と推定された。コンプトン波長は1光年を超える。

B2. 天文学的な意義

すでに,今までよく見えていなかった宇宙の一端が人類に示された。AGNやGRBのような激しい天体の深部はしばしば厚い物質に遮られ,光は副次的な効果を見ているに過ぎないことがある。また,降着円盤をほとんど伴わないブラックホール (BH) などを捉えることは難しかった。

今回の観測では,BHの質量がそれぞれ30太陽質量であったことに驚かされた。知っている恒星質量のBHと比較するとかなり重い。このような連星がどうできたかについては色々な議論があるようだ。

また,BHの質量だけでなく回転も測定された。BHは電気的にほぼ中性であり,質量と回転だけで状態が決まる。最終的に出来たBHの回転は理論限界の0.67倍程度であり,衝突前のBHも重いほうが理論限界の0.7倍未満という制約がついた。これもブラックホールの成長モデルを考える上で重要な情報になる。

重力波はあらゆる物質を透過し,宇宙誕生直後の不透明なプラズマだった時代すら貫いて届く。宇宙の晴れ上がり以前,原始の重力波は今も宇宙を満たしている。LIGOとは帯域が異なるが,重力波観測はいずれ超巨大BHや初期宇宙の情報にも届きうる。

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測定されたBBHのパラメタの一例

B3. 工学的な意義

いわゆる「何の役に立つか」的な問いだが,スピンオフとして,震動を極限まで抑える技術や,大強度でも極めて安定した光学系,原子核の大きさより遥かに微小な距離変化を測定する技術が産業界で必要とされる状況はあるかもしれない。

重力は時空のあり方そのものなので,4次元時空に縛られた他の素粒子と違って,重力波余剰次元であっても伝搬するだろう。宇宙モデルによっては,別の宇宙に信号を送るといったことは可能かもしれないが,現状ではSF的与太話の範疇を出ず,21世紀の技術で議論する話ではない。

おまけ

Q&A. すごいエネルギーが放出されたそうだけどどのくらい凄い?

見積もられた重力波のピーク出力は, 3.6\times 10^{49} \mathrm{W}と,太陽の核融合反応3.84\times 10^{26} \mathrm{W}より23桁くらい大きく(別な言い方をすれば1000垓太陽光度),会見では宇宙にあるすべての星のエネルギー消費を足し合わせたものの50倍といった表現もなされていたが,これはそこまでイカレタ値ではない。ミリ秒オーダーの時間で放出されたのでピーク出力は超新星より何桁か鋭いけど,重力波の総エネルギーは 5 \times 10^{47} \mathrm{J}程度で,Ia型超新星の数千倍程度に留まるし,大質量星の重力崩壊で開放される位置エネルギーも似たオーダーになりうる。

Q&A. 地球にいくつ重力波望遠鏡が必要?

単純に到達時間だけの情報を使うと,2つの重力は望遠鏡で測定すると,天球上で円状の領域まで重力波発生源を絞ることが出来る。3点あれば位置特定には十分なように見えるが,重力波望遠鏡はすべての方向からくるすべての偏波に対して感度がある訳ではない。空間の変形方向と,干渉計の向きがある程度噛み合う必要がある。全天をカバーするならもっと欲しい。

さらに言えば,LIGOやKAGRAはすべての重力波帯域をカバーしている訳ではないので,より低い周波数もターゲットにするなら宇宙重力波望遠鏡など別のセットも必要になってくるだろう。

資料:

公式資料は以下のサイトで入手できる
LIGO-P150914-v14: Observation of Gravitational Waves from a Binary Black Hole Merger

*1:ただし,ここで書いた式は弱い重力波の極限なので,非線形な効果が効いてくる領域等では違いは出る。

ヒャッハー,数式が使い放題だぜーー

http://staff.hatenablog.com/entry/2014/05/23/154617


はてなブログTeXの表示が美しくなったと聞いて,思わず「はてなブログ」をサインアップしてしまった。

 m \vec{a}=\vec{f}

 \partial_{\mu}F^{\mu\nu}=j^{\nu}

 \Psi \sim  \left| バ \right>\bigotimes \left| ナ \right>\bigotimes \left| ナ \right>

 n \in \mathbb{N}

\left< \omega_1, \cdots ,\omega_n\right>_\beta = \int_{[ \overline{\mathcal{M}}_{0,n} (X,\beta) ] ^{vir}} ev^{*}_1 (\omega_1 )\cdots ev^{*}_n (\omega_n )

ちゃんとまともに表示されるようになって,素晴らしい限り。はてな万歳。デフォルトでTeXが使えることは,ブログサービスを選ぶ上でかなり重視しているが,今までは「一応使える」に過ぎなかった。

はてなダイアリーTexもアップデートされると嬉しい