初めて作った血だまり

午前4時、誰かの人体から赤い鮮血が溢れだし、血だまりが形成されていく光景を生まれて初めて目撃した。例によって、その人体とやらは自分である。

創傷の原因となる事故は一瞬の出来事で、気づいたときにはサックリといっていた。

次の瞬間から、普段の10倍速ぐらいでボタボタと血が流れ出した。流量から推定して相当深く切れたようだ。痛みは特になし。赤い流れが皮膚を何本にも枝分かれして伝っていくが、体温と同じ温度である為か熱刺激が無く水に濡れたのとはまったく違う感覚だ。

とりあえず止血をしないことには始まらないが、このレベルと戦うのは初めてだ。いままではキムワイプマキロンがあれば十分なレベルしか相手にしたことがない。記憶を掘り返して、とりあえず心臓に近い部分を強く縛り付けて止血を試みる。

「・・・あれ、効果がない。」

少しは止血効果を期待したがまさに焼け石に水、今日も平常運転で絶賛流血中だ。ガスの元栓と違い根本を縛った程度では末端組織への血液供給が完全にストップされたりはしない。

血液は思っていたより凝固性が低いようだ。吹き出しこそしないものの、栓の抜けた浴槽よろしく自重することをしらない。止血も空しくヘモグロビンの逃避行は続き、たちまち衣服は赤黒く染められていく。床を気ままにペイントしはじめた赤い塗料はぐずついて固まる気配を見せない。広がっていく血だまりに、ああ血液は本当にただの色水のように振る舞うのだなと感慨を覚えた。動脈(?)なせいか何気に鮮やかである。

なるほど出血多量で人が亡くなる訳だ。この程度の傷でこれだけ自由気ままに流出されるとリアリティも増大する。「後始末が大変そうだ。」「ルミノール反応は確実」みたいなどうでもいいことを考えるが、流石にこのまま流れ続けると命に関わる。出血量から計算して危険な水準に達するまでには少なくとも30分は猶予があるはずだが、それまでに自発的に止まることを期待するのは危険だ。

流れつづける血液をよそに「鷲頭様、鷲頭様、この白でお上がり下さい」みたいな言葉が次々と脳裏に浮かぶ。

血液の流出に対して実際どのような生理現象が起こるかは未体験だ。今のところ特に寒気などの影響は観測されない。だが、これから何が起こるかについてクリアなイメージが浮かばない。現実は漫画や小説とは違うが、救急医療のリアルもまた我々とは縁遠い世界だ。

ところで自然界の動物はこのような流血事態に対してどのように対処してきたのだろう。個体の大きさに対して数十分の一以下の長さという小さな損傷が、個体全体を破滅に至らしめるというのはシステムとしてどうなのだ。真夜中に血を垂れ流しながら端末のある部屋まで止血方法をググりにいくのは、ホラーだし清掃が面倒なのでその選択肢は留保する。

20秒ほどして、「止血点を縛ることによる間接的な圧迫止血ではなく、むしろ出血部分を強く締め付けて止血しなければ意味がないのではないか」という処置案を考える。その場にあった材料で水道管の水漏れを補修するかのごとくギリギリと締め付けていく。

とりあえず、当座の危機は脱したようだ。血塗られた衣服と床が残されるも、すこし勉強になった。