宇宙の果てや加速膨張はどう観測されるか

宇宙をのぞきこんだとき、最も深い世界はどう見えるだろうか。


Hubble Ultra Deep Field

ちょうど2011年のノーベル物理学賞が『宇宙の加速膨張』になったので、現在観測される宇宙の全体像について簡単に触れてみよう。例えば次のような誤解を聞くが、実際はどうなのだろう。

誤解の例

  1. 同じ大きさの物体は遠くにあるほど小さく見える。
  2. 100億光年はなれた銀河は、100億年前に100億光年離れた場所にあった。
  3. 宇宙は光速で膨張している。
  4. 宇宙が2倍になると原子の大きさも2倍になる。

A. 超遠方宇宙の概要

宇宙といえど無限の奈落ではない。夜空を見上げた視線は観測可能な宇宙の果てにつきあたる。超遠方の天体は宇宙の果てに近いほど次の性質を示す。

  1. 若い
  2. 赤い
  3. 時の流れが遅い
  4. 大きく見える
  5. 暗い

A1. 遠い宇宙は若い

遠い宇宙は太古の宇宙だ。遠い宇宙から地球に光が届くのには時間がかかる。遠くを見ることは、過去を見ることであり、遠くの宇宙は近くの宇宙より若々しい。例えば、数十億光年先の世界は星の出生率が概して高いし、高齢者の割合は少ない。

Fig1. 我々が観測する宇宙の全体像

目盛は宇宙年齢を示していて単位は10億歳。左端の望遠鏡が地球の位置で137億歳を指している。
遠くを見れば見るほど宇宙が若かった時代を見ることになり、どの方向を見ても行き着く先にはビックバンがある。然るべき観測装置があれば、宇宙の再電離が完了した時代、最初の銀河が生まれた時代、最初の星が生まれた時代、まだ星すら存在しない暗黒時代、そしてビッグバン直後の宇宙が光に満ち溢れた時代*1に到達する。ちなみに、満ち溢れていた光はまだ宇宙をさまよっているが、赤方偏移(後述)でマイクロ波まで引き伸ばされているので肉眼で空を眺めても真っ暗闇だ。

光が届くのに1年かかる距離を1光年(LTD: look back time distance)と呼ぶことにしよう。ビッグバンまで約137億光年(LTD)離れており、人類が所持する望遠鏡の射程距離は130億光年(LTD)*2を越える世界に到達しつつある*3

A2. 赤方偏移:すべては赤くなる

宇宙が本当に膨張しているかはさておき、遠くの天体は赤い。遠ければ遠いほど赤くなり、ニュースに出てくる最遠部の銀河ともなると赤外で光ってる。(赤外望遠鏡は大事)

物体からくる光が本来より赤くシフトする現象を「赤方偏移」という。固有運動*4や天体の収縮や重力なども寄与するが、遠方天体の大きな赤方偏移はほとんど宇宙膨張によって説明される。

宇宙膨張による赤方偏移の量を、後退速度という概念を経由して説明するのは、高赤方偏移天体クラスの距離になると厄介なので、素直に「宇宙がX倍に膨張すると、光の波長もX倍に引き伸ばされる」という一般相対性理論のシンプルな関係に頼ることにしよう。

Fig2. 赤方偏移と距離(LTD)の関係

赤方偏移で波長がX倍に引き伸ばされる時、赤方偏移の指標ZをZ=X-1で与えよう。例えば、15%引き伸ばされる(X=1.15)ならZ=0.15となる。天の川銀河近傍がZ=0で、Zが大きいほど遠方の天体であり、Z=1が宇宙が今の半分だった時代に対応する。宇宙の果てで無限大に発散する。

また、Zが1より十分に小さいところでは以下の関係が成立する。
天体までの距離〜 Z * 135億光年
天体の後退速度〜 Z * 光速
(例えば、Z=0.04 だと、5.4億光年離れていて光速の4%で遠ざかっているように見える。)

A3. 遠い宇宙ほどスローモーション

近い銀河はほとんど1倍速だけど、遠い銀河になるほどゆっくり時間が流れているように見える。光がX倍に伸ばされるとは光の周波数が1/X倍になることであり、さらに言えば、光の周波数だけでなくあらゆる変動が1/X倍速になって観測される。

Fig3. スローモーションの実例:Ia型超新星の明るさの変化

Ia型超新星の明るさの変化は、生成された放射性物質半減期で決まっている。本来、コバルト56の半減期は77日だが、遠い超新星はコバルト56の半減期が伸びて(例えば150日)観測される。

Fig4. 距離とスローモーション効果の実測

(横軸)赤方偏移Zに対して、(縦軸)超新星の光度変化が何倍スローモーションになって見えたか(light curve fitting)
時間の流れが1/(1+Z)倍 (1/X倍) になっていることが確認できる。

最遠の世界は単に若い頃の宇宙であるだけでなく、時が凍りついたように年を取らない。

A4. あまりに遠い天体は逆に大きく見える

「物体は遠くなるほど小さくみえる」これは我々の日常空間では常識だ。太陽系や銀河団といったミクロな世界でもそうだろう。

しかし、宇宙の底に届くような距離では違う。

まだ宇宙が小さかった頃に天体を出発した光がつくる像は宇宙膨張によって果てしなく引きのばされてしまう。この宇宙では約100億年光年(LTD)離れた物体が一番小さく見える。これより長い距離では膨張の効果が勝ち、物は遠ければ遠いほど大きくみえる。

Fig5. 天体の見え方

短い距離では遠いものほど小さく見えるという幾何学が成立するが、光が伝わる間に宇宙が何倍にも膨張するほどの距離ではその限りではない。

もっとも、初期宇宙の幼い銀河はまだ暗くて小さい傾向にある。天体自体が小さいことは宇宙膨張による拡大効果を打ち消してしまうので、実物の写真を見てもでかいという印象は受けないだろう。これは近くにいる大人と遠くにいる(ので拡大されて見える)赤ん坊を比較するようなものだ。

Fig6. でかく見える例:宇宙マイクロ波背景放射(CMB)

ビックバンから約38万年後に、不透明なプラズマだった宇宙は十分に冷えて透明な水素ガスになる。この境界(CMB)*5は光で観測できる宇宙の果てであり、どの方向をみてもマイクロ波で光る雲壁として観測される(上図はWMAP衛星で観測したCMBの全天パノラマ)。

  1. CMBには数十万光年サイズのむらむらが存在しているが、遠い宇宙の果てにあるので見かけは満月よりも大きい。
  2. むらと同サイズの天体を10億光年(LTD)しか離れていないところに置いたら、点にしか見えない。
  3. もしCMBの壁を越えてさらに遠くを観測できる手法が確立されたら、さらに小さかった時代の宇宙が際限なく拡大されて見えるだろう。

A5. 光度距離:宇宙の果てに近い天体は無限に暗い

超遠方宇宙からくる信号はとても微かだ。

宇宙がX倍に膨張すると、光のエネルギー密度はX^4倍に希釈される。Z=9 (X=10) にある天体の表面輝度は、宇宙膨張の効果で1/10000になってしまう。像の面積が100倍になるので、トータルの明るさは1/100どまりだが、像が広がった分ノイズが増えることも含めて厳しいことにかわりない。

銀河系近傍で物体の明るさは距離の2乗に反比例する。例えば光源までの距離が3倍になると、見かけの明るさは1/9だ。明るさを基準にした距離を光度距離(LD: luminosity distance)という。同じ光源を2つ用意して、明るさが1/100に見えるなら10倍の距離にあると考える。

超遠方天体の暗さたるや、宇宙で最初に生まれた星々までの距離は1兆光年(LD)に達し、CMBに至っては50兆光年(LD)にもなる。光度距離で1 兆光年とは1億光年離れた状況のさらに1億分の一の明るさになる距離ということ。

光度距離での圧倒的な宇宙の深さは、遠い宇宙を観測困難にする要因の一つだ。


B. 加速膨張について

B1. 自然な宇宙膨張は減速膨張

A2でみたように、観測される宇宙は一貫して膨張している。赤方偏移は過去に遡るほど大きく(Fig2)、現在と比較した宇宙の大きさ 1/(1+Z) は過去に遡るほど小さい。

では、宇宙膨張のペースは未来も過去も同じだろうか。

宇宙膨張は相対性理論に拡張された重力の振る舞いであり、普通の物質ならお互いに引き寄せ合あって膨張を減速させる方向に働く。

ニュートン的重力によるアナロジーだと、空に向かって投げたボールが重力で地球に引き戻される現象が近い。ボールが脱出速度を超えていて無限の彼方に飛び去るにせよ(永久膨張)、ふたたび地上に引き戻されるにせよ(ビッグクランチ)、重力はボールに対して引力として作用する。

ボールを投げてしばらくしたら、ぐんぐん天に向かって加速し無限に速くなっていく(加速膨張)という現象があるとしたら、重力の性質としていかにも不可解だ。

B2. 宇宙年齢のパラドックス、加速膨張の兆候

しかし減速膨張で計算すると、宇宙が中身である銀河や星より若いというパラドックスが生じうる。近傍銀河を使った現在の膨張速度の測定結果を用い、過去はさらに膨張が速かったのだとすると、宇宙は例えば90億歳だということになってしまう。

当時は宇宙年齢の測定精度が低いとは言え、ある球状星団などは200億歳ぐらいあるんじゃないかみたいなことも言われていて*6、「宇宙項(暗黒エネルギー)のような変なものを導入すれば、宇宙膨張の減速を緩和できる。宇宙年齢が伸びて問題は解決する。」といった議論がなされた。

Fig7. 宇宙膨張の時間変化

横軸は時間(単位は十億年)、縦軸(左)は現在と比較した宇宙の大きさである。
減速膨張(過去はもっと膨張が速い)だと宇宙年齢が短くなってしまうが、宇宙項などをいれて膨張速度を調整してやると宇宙年齢を伸ばすことができる。

B3. 実際に測ってみる:2011年ノーベル物理学賞

言うだけならどんな妄想も可能だ。加速膨張が科学たるためには実際に過去の膨張速度を測ってやる必要がある。

極めて遠方の天体を観測した場合、当時の宇宙の大きさは赤方偏移でわかる*7が、当時が宇宙年齢で何億歳に相当するか正確に測るのは難しい。

そこで宇宙年齢より正確に測れる天体の明るさ(光度距離)を使う。天体までの光度距離は、真の明るさが十分に理解されている天体があれば正確に測定できる。ちょうどいいところにIa型超新星*8という定格光度の照明弾がころがっているのでこれを使うことにしよう。

宇宙が加速膨張していると、ある赤方偏移Zに対して光度距離が大きく(天体が暗く)でる傾向にある。それを実際に測ったのが次の結果

Fig8. Ia型超新星の明るさと赤方偏移の関係

横軸は赤方偏移、縦軸は超新星の明るさ(数値が大きいほど暗い):
Zが大きいところで観測値が系統的に暗くシフトしていることは、宇宙の加速膨張を示唆する。簡単な観測のように思われるかも知れないが、感度と視野角で現代に遠く及ばない90年代は、Z~1に達するような遠方の超新星を多数測定することは大変だったようだ。

Measurements of Ω and Λ from 42 High-Redshift Supernovae - IOPscience

これだけだと遠方超新星を暗くする別の説明がいくらでも考えられそうだが、その後より多くの超新星について研究され、また銀河団宇宙背景放射の精密測定などにより*9、加速膨張とそれを起こしうる物理的起源(「暗黒エネルギー」のようなもの)が受け入れられるようになってきた。





C. 以下、脈絡の無い雑記

冒頭で誤解として挙げておきながら触れなかったことなど

  1. 曲率の説明を省いているけど、あるとすれば次回。適当に3角形を作った場合、内角の和が180°より大きくなるか、小さくなるか、それともユークリッド空間のように180°ピッタリになるかというパラメタがある。遠くの宇宙の見え方がちょっと異なる。
  2. 原子や太陽系は宇宙膨張で膨らまない*10銀河団も自己重力の影響が卓越していてわりと切り離されている。超銀河団やさらに大きい構造になると団結心に欠けるのでそこそこ影響を受ける。
  3. LTDみたいな腐った物差と比較してばかりで、本来の幾何学的な距離である固有距離や共動距離に触れないことに対してツッコミがあるかもしれない。申し訳程度に対応関係に触れておくと、観測可能な宇宙の果てまでの共動距離は約470億光年、Z=10で約250億光年、Z=1で約100億光年といったところ。宇宙の大部分はhigh-Z
  4. 固有距離が超光速で離れている領域からの光や情報は地球に届きうる(地平線はもうすこし遠い)。大域的な後退速度が光速を越える距離にあまり物理的な意味はない。
  5. 宇宙膨張下で離れたところに情報が伝わる速度などの量的な関係は話題が発散するので今回は略
  6. 星と星は凄まじく孤立しているけど、銀河と銀河の距離はそうでもない。例えば局部銀河群だと10万光年ぐらいの銀河が200万光年しか離れていない。星と違い銀河同士はよく交通事故を起こしている。

*1:輻射優勢期:輻射がエネルギー密度の主要部を占め、宇宙膨張の主役だった時代。ビックバンから数万年後、宇宙の晴れ上がりの少し前に終了する。

*2:CMBを除く

*3:私たちが特別な宇宙の中心にいることを意味しているのはなく、宇宙のどこにいても137億光年(LTD)先がビッグバンになってみえる。また、私たちから見て同じ方向に129億光年(LTD)離れた天体Aと135億光年(LTD)離れた天体Bがあった場合、AからみてBが6億光年(LTD)より遥かに大きく離れていることに注意しよう。宇宙論的距離で単純な足し算・引き算にならない。

*4:銀河団の速度分散

*5:Z~1100、LTD~137億光年

*6:今は、星風をちゃんと考慮することで200億歳もないと考えられるようになった。

*7:当時の宇宙の大きさは1/(1+Z)倍

*8:Ia型超新星は、白色矮星がガスを食べたりして一定の質量に達したときに暴走的な核反応が生じて木っ端微塵になる現象で、明るさが精度良く理解されている。核燃料が同じで、太陽の約1.4倍という決まった質量をもった天然の原子爆弾だ。

*9:銀河団の観測から暗黒物質を含めた”物質”の総量を測定することができるが、物質だけではWMAP等の観測による平坦な宇宙を実現するに足りない

*10:微細構造定数がZ依存するかも、みたいな話はあるが

新たなニュートリノ・アノマリー

すでに衆知のことだけど、CERNで生成したニュートリノビーム(CNGS beam)を使ったOPERA実験において、ニュートリノの速度vを測定したところ、真空中の光速cより有意に速いというセンセーショナルな結果が得られた。

\frac{v-c}{c}=(2.48 \pm 0.28 (stat.) \pm 0.3 (sys.))\time 10^{-5}

よく分からない結果が出てあーだこーだ議論する状況は、多数の研究者が参加した大プロジェクトでもある話だが、想像以上にメディアの反響があり、あっという間に世紀の大ニュースになって驚いている。

実験の要点

実験に関して重要そうなポイントは、以下を含めた多くの方に語られてしまった後なので、あまりしゃべることがない。

光よりも速く : 大栗博司のブログ 大栗さん
科学と報道の間で (ニュートリノの速度と光の速度) : 油断するなここは戦場だ 野尻さん
http://journal.mycom.co.jp/articles/2011/09/25/neutrino/index.html 物理に関する一般メディアなら信頼と実績のマイコミジャーナル

また、オフィシャルな発表は以下で得られる。

[1109.4897] Measurement of the neutrino velocity with the OPERA detector in the CNGS beam arXiv
OPERA experiment reports anomaly in flight time of neutrinos from CERN to Gran Sasso Press Release

現時点では、ジャンクを疑われつつ、外部による実験結果の吟味や系統誤差の再検証が行われている段階のようだ。

追試予定

米Fermilab*1のMINOS実験が追試を行うようである。MINOSは2007年に
 \frac{v-c}{c}=(5.1 \pm 2.9 ) \time  10^{-5} (68\% CL)

とやや超光速な値が得られているが、この時は+1.6σと一応は誤差の範囲

[0706.0437] Measurement of neutrino velocity with the MINOS detectors and NuMI neutrino beam arXiv

これで来年あたりもしOPERAと同じような結果になり、それまでにOPERAの原因が判明しなければ、両者に共通のエラーか新物理である可能性が高くなる。もし、本当に新物理だとしたら、検証にこれから数年はかかるだろう。

もし、どうしても解決できなければ、もっと長基線でニュートリノの速度を可能なかぎり精密に測ることを主目的*2にした実験が組まれることになるかもしれないが、はるかに先の話。

仮に今回の実験が正しく、本当に物理だとしたら

まず、示された実験結果は、入門書にのっているような単純な相対論のタキオンとは挙動(E-v relation)が異なる。

 E\neq \frac{m}{\sqrt{(v/c)^2-1}}

なので「ニュートリノの進行方向に激しくboostした系を使えば、ニュートリノは情報を過去に向かってと飛ばせることに…タイムマシンが…」みたいなことは実験が正しかったと仮定してもまだ言えない。

E~10MeVでは超新星SN1987Aにより|v-c|/c<2e-9という厳しい制限がついている。ニュートリノバースト自体は秒単位なのでMeV領域でのenergy dependenceに対する制約は<1e-12/MeVはあるだろう。これがOPERAが使う~10GeVのスケールで突然、超光速効果が顕在化する模型が必要。

すでに、電光石火で理論屋がarXivに投稿しており、観測を説明しうる方便が無いわけではないようだ。光円錐の外側に飛び出すような執筆速度というか、スピードは全てを制するというか、即席麺のようにこんな短時間でいくつも論文が仕上がっていることに驚かされる。

*1:米国最大の加速器Tevatronを有し、ヨーロッパのCERN同様に、米国素粒子実験界隈の中核拠点

*2:MINOSもOPERAニュートリノ振動を測るための実験

織姫星と彦星、どこから来てどこへ行く?

地球史において星空の主役は次々といれかわっている。遠くからも見える明るい星はすぐ燃え尽きてしまうし、何十億年と寿命がある普通の星は暗くて太陽系とニアミスする一瞬だけ1等星になる。

アウストラロピテクスが地上を歩いた500万年前、ベガとアルタイルは夜空を代表する星ではなかった。いまよりずっと遠くにある微かな星だった。

織姫と彦星と太陽はそれぞれ独立に銀河を旅し*1、たまたま私たちの時代に最接近している。2つの星はかつてそうであったように遠い未来には天の川の微かな一粒へと溶ける。ベガとアルタイルの最後の地を地球から肉眼で見届ける者はいない。


Hubble Space Telescope による夏の大三角形:やや左上がベガ(織姫)、中央下がアルタイル(彦星)、左下がデネブ

織姫と彦星は後者が4倍くらい長く生きる。それぞれ6億年と24億年くらい。彦星の寿命を80歳とすると、織姫の寿命は20歳、天の川で両者をへだてた張本人である天帝(北極星*2)の寿命は1歳だ。神話世界のSF技術のせいか天帝は自分の娘より若い。

絶大な権力を持ちながらレプリカントのように短命で娘から遠ざかる一方の天帝は、何か思うところがあったのか織姫と彦星に一年に一度、さっきのモノサシでいうなら1秒に1回あうことを許可した。


半年あいてしまって、いつのまにか七夕の季節。

*1:ベガ(織姫)とアルタイル(彦星)はそれぞれ太陽を基準にして20pc/Maと30pc/Maの相対速度で運動している。

*2:この親子の関係はもうすこし複雑で地球の歳差運動により北極星の座を3万年という短い周期で取り合っている。

1kgの鉄と1kgの鉄、どちらが重い?

同じ質量の綿と鉄はどちらが重いか。

この問題は簡単ではない。どんな質量の綿や鉄を想定するかによって答えは違う。例えば、1000億太陽質量の鉄と綿だったら両者とも即座にブラックホールだ。両者の終状態はほとんど変わらない。ブラックホールは元の天体が持っていた個性をベリベリと引き剥がしてしまう。

では、もっと質量を減らして1億地球質量だったらどうか。

1億地球質量の綿と1億地球質量の鉄、どちらが重い?

だいたい恒星質量の上限域に相当する。300太陽質量だ。

綿は自己重力で潰れていき、位置エネルギーの解放によってどんどん温度を上げる。中心部の温度は100万Kを超え水素の核融合が起こる。巨大な赤ちゃん星の誕生だ。莫大なエネルギーが発生し物質が宇宙空間に激しく流出する。ただし、綿は質量の大部分を炭素と酸素が占めており、恒星と白色矮星の中間のような組成だ。わずかな水素を使い果たすまでは延命すると予想はしてるが、こういう異常な天体の未来は即答できない。

一方、300太陽質量の鉄は核燃焼しない。果てしなく潰れ続けることでしか重力に対抗する圧力(温度)を維持できない。恐らく綿より寿命は短く、collapsarから脱出する物質も少なく、最終的に残るブラックホールは鉄のほうが重いだろう。

このあたりの質量は重量比較のレギュレーションが悩ましい。宇宙空間で質量1kgの物体の重量は~0kg重だ。ちょっと難しそうなのでさらに質量を小さくしてみる。

1ピコグラムの鉄と1ピコグラムの綿は、どちらが重い?

1pgの鉄を用意したとしよう、数百ナノメートルの微粒子だ。

おそらく1ピコグラム重にならない。このサイズになると、周囲の分子からコツコツ叩かれる影響が無視できない。また、鉄粉が空気中で自然発火するように反応性も高いだろう。吸着や電荷の影響も大きい。綿と鉄が平均的にどっちが重いかは私にはわからない。


1kgの鉄と1kgの綿はどちらが重い?

その中間、質量1kgの綿と質量1kgの鉄の重量は比較的容易に比較できる。1kgの綿は鉄より体積が大きく1.3g重/Lの浮力が働く。鉄の浮力は160mg重だ。また、繊維類は乾燥していても水分を含んでいることが知られている。1kgの完全に乾燥した綿を気温20℃・湿度65%の場所に放置すると自重の8.5%(公定水分率)の水を吸う。これは浮力を打ち消すに十分だ。普段イメージするような環境では綿のほうが重い。

1kgの鉄と1kgの鉄はどちらが重い?

完全に同質量の鉄同士を持ってきて比較したらどうだろう。

無論、両者が同じ重量になることはない。2つの鉄を同じ位置に重ねて置けない以上、環境の違いによる微細な影響がある。例えば、自転による遠心力の効果だ。1nmでも赤道に近い方が軽い。遠心力は赤道で重力の3000ppm(0.3%)に達する。他にはちょっと思いつく範囲で

  1. 表面吸着や洗浄による影響(真空中に置かれたキログラム原器ですら~0.06ppm)
  2. 地球中心から離れることによる重力の低下:0.2ppm/m (机の高さで結果が変わる。)
  3. 湿度の影響や熱膨張、気圧の変化
  4. 気流の乱れ、照明などによる上昇気流
  5. 重力異常 (~100ppm)
  6. 太陽や月の影響、地面振動の影響
  7. 近くの物体からの重力:機械、人、机、建物
  8. 照明器具から受ける光子の圧力
  9. 表面電荷の違いや地磁気の影響
  10. 温度(熱運動)による質量の増加、相対論的効果:1℃上昇する毎に水素原子3兆個分(4pg)重くなる。
  11. 重力波:極めて僅かな影響だが0ではない
  12. 環境放射線宇宙線、54Feの寿命(10^22.5年以上)

2つの鉄の重さをぴったり合わせるよう環境を制御するのは至難。綿同士はたぶんさらに難しい。

探査機「はやぶさ」と、それから

巷に吹き荒れた突風に触発されて「はやぶさ連鎖(凱旋版)」を作ってみる。

「隼」の文字が燃えながら蒸発していくが、保護された固ぷよは無傷のまま地上に到達みたいなコンセプトで

さて、本題

ここ一ヶ月ぐらい、はやぶさが作り出した巨大な風に驚いている。地球を出発前するのネット界隈を思い出すに、購読していた惑星協会のメルマガですこし宣伝されていたなあ、くらいの印象しか残ってないが、帰ってくるときにはニューヨークの戦勝凱旋パレードよろしく熱狂的な歓声につつまれている。*1

もう満点の成功とはなにかについて説明する必要はないし、工学試験衛星とならんで「探査機」という言葉を前面に押し出すことになんの不安もない。広報の面でも実証の面でも非常に成功したプロジェクトだ。今後サンプルの有無にともなう多少の非難があったとしても、それを吹きとばせるだけの流れがある。

旋風の行方

ただ、これほどの旋風が今後どういう方向に向かうのかはすこし不安にさせられてきた。「はやぶさ2」の予算に対して読売が妙にブチキレていたかと思えば、twitter界隈ではライブ中継しなかったことに対してNHK_PRあたりにすさまじい風圧が加わった。あるいは一部でDS1やスターダストの成果を剽窃する不正確な賞讃が海外に垂れ流されている。政党派間の銃撃戦にもちいられたり怪文書が出回ったりと、風向きが四方八方に拡散しつつある。

そして何より、もはや時間の問題だったJAXA内部への吹き返しがやはり来たかとそわそわする。

日本の国際的なプレゼンスを最大限に発揮できる分野への選択と集中が必要と説く人たちにとっては唾棄すべき存在なのだろうけど、私にはISASはあくまでも大学の共同利用機関であってほしいという身勝手な願望がある。特定の研究テーマが限られた宇宙リソースを長期的に占有することには消極的になってしまいがちだ。年間500億でも600億でも科学衛星に使えるのならともかく、例えば矢継ぎ早のシリーズ計画などで・・・、というわけで、ここから先は地雷を踏みそうなので不用意に書くべきじゃないのかもしれない。

誰が突き上げたかしらないが、政治の方でははやぶさ2の予算が前向きに検討されているそうだ。そのことだけで考えるなら素直に喜べる。ただ、過去の経緯からして全体の予算は増えずに他の宇宙計画を圧迫してねじ込んで一件落着の構図が脳裏にちらつく。はやぶさ2コールの効果については、結局のところ外圧を利用したパイの奪い合いで、現状でISASの予算が増える流れはあまり期待していない。

また「敵は相模原にあり」みたいな動きはISAS内の不和と不満を増やす方向になるのではないかとすこし怖く思う。別に障害になっているとされる人たちだって日本の宇宙計画を潰したいと思ってそこにいるわけではないだろう。彼らは「はやぶさ2」の道程を塞ぐ石ころではない。多様な未来を思い描き、多様な夢がある。

他の計画、たとえばASTRO-HもASTRO-Gもはやぶさ2と同じくらい応援してるし、大事だと思っている身としては、何を語りどう振る舞うべきかすこし悩む。

*1:母集団を半径数クリックから日本全体に拡大すればそこまで注目されていないにしても、JAXAとその統合前組織に関する話題でここまでプラスの反響は近年で例のないことだ。まさか、ほにゃらら青雲までもが言及するほどの反響なんて1年前には想像すらしてなかった。

7TeV衝突実験開始 : LHCのビームについて

既に多くのニュースで報道されているように、重心系で7TeVの衝突実験が開始された。これは最高エネルギーの半分だしルミノシティもまだまだだけど、ようやく新世界へと本格的に踏み込んだ感じだ。残念がらここ数日は風邪を引いているのと他にやることがあり、分量のあるエントリを書く状況にはない。簡単にLHCビームについて紹介する。

LHCビームのパラメタで特に重要になるのは「エネルギー」と「ルミノシティ」だ。エネルギーは個々のビーム粒子がもっているエネルギーで、ルミノシティは粒子の総数(あるいは衝突イベント総数)だとイメージして構わない。新粒子発見には、それを生成出来るだけの衝突エネルギーがあるだけでなく、バックグラウンドと区別出来るくらい十分な回数の衝突を起こす必要がある。

報道などで出てくる7兆電子ボルト(7TeV)というエネルギーだが、8京1000兆ケルビンの陽子がもっている運動エネルギーに相当する。*1とはいえ、あくまで陽子一個のエネルギー、蚊の飛翔程度の運動エネルギーしか有していない。

ルミノシティを稼ぐために、ビームは蜘蛛の糸のようにミクロンオーダーまで細く絞って正面衝突させる。LHCは長さ数センチのパルスビームであり、パルスあたりの粒子数はまだ少ないが最終的には1000億個、だいたい銀河系に含まれる星の数ほどの陽子が詰められる予定だ。この銀河と銀河の衝突を1秒間に4000万回繰り返すことで、極まれな現象も見逃さないほどの膨大なデータを溜める。

陽子1個の運動エネルギーはマイクロジュールオーダーだが、パルスあたりだと100kJくらいにはなる。0.1ピコグラムという大腸菌一匹ほどの質量に自動車ほどの運動エネルギーを載せた格好だ。今はまだ周回しているパルスは少ないが最終的にはビームパルスを7.5mの間隔で回すことになる。

*1:RHICの4兆ケルビン(400MeV)と比較したくなるかも知れないが、向こうは何百という粒子にエネルギーが分配された火の玉の温度、こっち は衝突直前の二つの陽子の総和

リテラシー・チェックテスト:ぷよぷよ編

ぷよぷよ」関連エントリはどのくらい踏み込めるか距離感を掴めていない。「ぷよぷよ」タグのブクマや twitterを見ていると「折り返し」のような単語が平然とに出てくるし、シリーズ累計で1000万本は売れているので、ある程度は気の向くままに書いて問題はなさそうだが、平易に言い替えたつもりでも傍から見て前人未到ジャーゴン山脈になっているケースがある。

というわけで、ここに来る方々が「ぷよぷよ」についてどのくらい前提知識があるのか知りたいので、以下のようなテストを作ってみた。もし興味があれば挑戦してみてほしい。

知っている事柄であれば書かれた点数を加点
  1. [各1点] おじゃまぷよ、連鎖、ばよえーん、サタン、アルル、フィーバー
  2. [各10点] GTR、かえる積み、階段積み、連鎖尾、挟み込み、ルイパンコ
  3. [各100点] kenny式、三強、接地キャンセル、凝視、ペルシャ、クロス
  4. [各1,000点] IID方式、ツモ補正、ETR、バファリン、鞄厨、ファジー
  5. [各10,000点] システム、タッタカ、割り込み、ツモ捨て、NOV式、パワーアクティ
  6. [各100,000点] YOKOHAMA、ナミキ、菱形の法則、KST、TW.acl4n3gp6、20000個

以上、6*6=36項目、最高666,666点

点数がインフレしているように思われるかもしれないが、「ぷよぷよ」は天地ほどの差がひらくのが自然な姿であるし、各リストを分離する意図がある。中央値は数点から20点くらいだろうという認識でいるが、0点ばかりならエントリの隔離や方針変更が必要だし、53万点あたりを平気で叩き出す人間がごろごろいる場合には、別の意味で方針変更が必要だ。

解答は以下

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