スーパーアース:文明が宇宙に満ちる前に

数日前、巨大地球型惑星と推測される天体の発見が学会で報告された。巨大地球型惑星(スーパーアースと呼びたいヒトがいるらしい)の報告は少しずつ増えてきており、もうすこしサンプル数が増えれば統計的な議論もしやすくなる。

惑星には木星みたいな巨大ガス惑星と、固い岩盤がむき出しになった地球型惑星の2種類が存在する。基本的に半径(測定できれば)や質量や環境などからそう推測しているに過ぎないが、今回報告されたのは地球と同じように表面が海や岩盤で構成される惑星分類群だ。発見された天体の質量は、探索手法の特性に起因するものであるが、いずれも地球の数倍から数十倍程度の質量を有し、スーパーアース発見として盛んに宣伝されている。

これらのスーパーアースの中には、異論はあるにせよ、液体の水が存在でき生命の生存に適した領域であるハビタブルゾーンに存在すると推測される天体も含まれている。典型例として地球の10倍の質量、2倍の半径、2.5倍の重力、平均気温20度、そんな惑星に生命が存在したらどのような形態をとるのだろう。宇宙に進出しうるような変な生物種は現れるだろうか。

大きな脳に見合うような、大型生物は発達しにくいかもしれない。海の中でなら重力の影響も緩和されるだろう。しかし、海洋生物が宇宙に進出するのは容易ではない。海の中で、火や冶金を発見し、運動方程式や重力の法則を発見し、電子回路の原型を開発し、軽い空気の代わりに重たい水を満たした宇宙服or宇宙船で軌道上を目指す。海中で文明を築くシナリオは想像力をかきたてられるがどれも容易ではない。すくなくとも我々とはまったく違うアプローチが必要になる。

ロケットの燃料占有率と最終到達速度

地上の生物にしても同様だ。スーパーアースの重力井戸の深さには絶望的なものがあり、宇宙は防弾ガラスで囲まれたモナリザのような存在だ。上記の例だと脱出速度は秒速25km、地球の2.2倍になる。2.2倍というと大したこと無いように聞こえるかも知れないが、人類史上最高のロケットでも突破困難な絶壁だ。脱出速度が2.2倍ということは単位質量あたり5倍の運動エネルギーを獲得する必要がある。

じゃあ、単純に5倍の燃料が必要かというと、そうは問屋が卸さない。5倍燃料を積むと、ロケットが5倍弱重くなるので、燃料を打ち上げるためにさらにその5倍の燃料が必要になる。そしてその燃料を打ち上げるための燃料、燃料を打ち上げるための燃料を打ち上げるための燃料・・・・、という激しい無限後退が起こる。最終的に必要なロケットの大きさは巨大な山のようになる。

文学的なことばかり言っていても仕方がないので一応計算もしておこう。ロケットの初期質量をm_0、最終到達速度をV、最終質量をm_1、ある時刻でのロケットの質量をm、ある時刻でのロケットの速度をv、ガスの噴射速度をuとする。単位時間あたりにロケットに加えられる力は、単位時間あたりに消費される燃料によって付加される運動量に等しいので、単純に運動方程式に放り込んで以下の結果がえられる。
m\frac{dv}{dt}=-\frac{dm}{dt}u
dv=-u\frac{dm}{m}
V=u\ln (\frac{m_0}{m_1})
式を見れば分かるように、宇宙船の最終到達速度は燃焼前と燃焼後のロケットの質量比に対して対数的にしか増加しない。ガス噴射速度uは水素燃料を効率よく燃やして秒速4kmぐらいになる。単段式ロケットで秒速8kmを得ようと思えばln(質量比)=2すなわち、全体の9割程度を燃料で占める必要があることが確認できる。現実には、重力や空気抵抗による減速があるので、さらに大きな質量比が必要になる。

秒速25kmともなれば質量比は500倍になる。燃料の1/500の分量で打ち上げの加速に耐え、極寒で漏れやすい液体水素に耐えるタンクと外壁構造を作り、ついでにエンジンと居住区画も押し込まなければならない。多段式にしても、そう簡単に達成できる数値ではない。軌道に載せてしまえばイオンエンジンスイングバイなど推力は小さいが効率の良い方法はあるものの、最初の一歩はかなり辛い物があるだろう。

大規模に進出するには核パルスか、軌道上へ一気にワープするか、我々の使っていないようなもっと別の方法が必要だ。軌道エレベータを作るにしても、重力が強く静止軌道半径がより遠くにあるため、建設は地球よりはるかに難しくなる。

逆に宇宙進出に適した惑星って?

あと2割ほど地球の半径が小さければなあ、と無茶なことを考えたことがある。密度が一定ならば重力ポテンシャルの深さは半径の自乗に比例する。0.64倍だ。これだけではるかに宇宙船の設計は簡単になり、技術的ハードルはだいぶ低くなる。使い捨てでなく再使用型宇宙往還機(RLV)による減価償却のコストモデルも現実味を帯びてくる。今頃、無数のスペースプレーンが宇宙に飛び、相当数の民間人が自由に宇宙に行けていただろう。

宇宙に無数の文明が存在するとしたら、真っ先に宇宙に進出するのは、比較的質量の小さな惑星上に誕生した文明だろう。ただし、あまりにも惑星の質量が小さいと火星のように大気が失われて生命に適さない環境になってしまう。惑星の大気流出は惑星の重力が主要なパラメタだが、磁気圏の大きさや平均気温、大気成分や恒星風の強さに依存する。中心星が大質量星である場合、強力な紫外線や恒星風によって惑星形成が阻害される上、大気が急速に剥ぎ取られるので文明誕生は厳しいかもしれない。

この銀河系には1000億をこえる恒星が輝いている。中には通常の恒星の数万倍という明るさで激しく存在を誇示する星が存在する。しかし、望遠鏡で眺めても全く目立たないような暗い恒星の元に生まれたちっぽけな惑星に誕生した文明こそが、やがて銀河系全域を覆い尽くす最初の文明になるのではないかな、と予想してみる。