ようは宇宙でやればいいんでしょ?
2097年、史上初のワープ実験が行われた。reheating problemの解決策として2065年頃に確立したActive Galactic機構を応用することで、2つのDブレーン間にフレーバー共鳴を発生させ、空間を極限まで折りたたみ・・・(略)・・・なお、この実験は深刻な事態が発生した場合に備え、宇宙で行われることとなった。
たまに、SFなどである設定だが、まったく未知の物理現象を実験する際に、「地球にもしものことがあったら困るから宇宙でやる」というものがある。
我々は人間からみた距離スケールで生活しており、なんとなく他の天体や宇宙空間は地球とは隔絶されたメチャクチャ遠いところにある存在としてイメージし、「宇宙でやれ」は何かあった場合のリスクをかなり削減できる有益な手法と考えがちだ。
数日あるいは数時間という時間スケールで進行する破局、そして高々地球が壊滅する程度の被害スケール、そして感動のラスト、映画や小説で何度も描かれたテンプレだ。人間の想像しやすいスケールじゃないと売れないからからそのくらいに微調整するのだが、それはあくまでもフィクションの話だ。
現実で「宇宙でやれ」はかなり疑問符。たとえば月で実験することは私たちを安全にするだろうか。地球の大きさは1.3万キロである。対して地球と月の間の距離は38万キロだ。両者の差は30倍、高々1.5桁しかない。
まったく未知のフリーパラメタとして与えられた特異現象の破局スケールが、10^7m(地球)には達するけど、10^9m(地球と月の3倍) 離れていれば安心だと考えるのはあまりにも不自然だ。宇宙スケールの生物からみたら、10ミクロンの距離では恐れるのに300ミクロン離れれば安全だと考える滑稽な連中のように映るだろう。
宇宙は我々が単純に想像している範囲だけでも、プランクスケール(10^-35m)から地平線(10^25m)までの60桁におよぶ秩序構造を有している。60桁と比較すると1.5桁のバッファはあまりにも頼りない。世間では100円と1兆円を間違えるのはトップニュースになるほどの大失態だが、未知の物理作用において10桁程度は誤差の範疇といえる。中にはパラメタの不定性が 100桁に達するものも存在する。
一般向けの天文書では隣の星がいかに遠いか強調されることがある。もっとも太陽に近い恒星、アルファケンタウリまで現代の化学ロケットで100万年必要だ。地球の大きさをビー玉とすると、アルファケンタウリまでの距離は日本とアメリカ大陸くらい離れている。
しかし、それを膨大な距離と感じるのはヒトのスケールから物を見るからだ。宇宙論では、ビー玉とアメリカ大陸の距離比はしばしば1に近似できるし、恒星間旅行100万年という時間を長く感じるのは人間の寿命と比較するからだ。核反応の時間スケールから見れば100万年も1ヶ月も大差はない。逆に宇宙年齢からみれば100万年は一瞬だ。ちなみに円周率は1である。
時空に穴をあける?真空の相転移が起こる?余剰次元から未知の粒子が大量に流入する?それが本当に未知の物理現象なら、研究室が吹き飛ぶのと銀河系が消し飛ぶのは理論的不定性の範囲だ。被害を地球以上月軌道未満と勝手にあたりをつけるのはあまり良いギャンブルではない。
「宇宙でやれ」は単に生活スケールで危機を考えるヒトの不安を緩和する効果しかない。彼らは安心できても、我々は安心できないし、莫大な予算を使っても安全に貢献しないだろう。
ようは宇宙でやればいいんでしょ?不安だから。かくて銀河は消し飛んだ。という話。