「ぷよぷよ」で知人が強すぎたとき
ながれをぶった切って久しぶりに「ぷよぷよ」の話をする。このゲーム、同じ色のぷよを4つつなげて消すという単純なルールでありながら、クレタ島の地下迷宮のように無限の奥行きがあり、数学的にも甘みがある。
偶然できた4連鎖に驚いたり、普通にみんなで互角にわいわい楽しんだ時期もあった気がするが、しんみりしてしまうのでそれはおこう。今となっては時々思い出したようにオンライン対戦をやる程度で、研究室で話題に出すこともない。もとより実力差とゲーム性の衝突を補正するのが難しい癖のある遊戯だ。一部の人のみにカミングアウトした隠れ趣味となってそれなりの月日が流れた。
人間に溶け込んだ鬼のはなし
そんなある日、知り合いが鬼のように強いという噂を聞いた。
最初は「へえ」と、マンションの勧誘に対応するかのようなリアクションになった。これ以上カミングアウト枠を拡大するつもりもなかったし、強いといってもせいぜいで12〜13連鎖がいちおう組めます程度だろうという慢心もあった。そのレベルは既に8年前に通過した場所だ。ぷよぷよの中上級者は数万人に1人という希少種で、確率的に見てオンラインか大会にでも行かないかぎり遭遇することは無い。ギガデインが飛び交うのはネットであってリアルではない。
だが話の様子がおかしい。どんどんエスカレートする。1日10時間プレイしているだとか、師弟関係だとか、どこの修行僧だよというような怪情報に、単なる誇張表現では説明できない恐ろしいものの片鱗を感じはじめた。彼の日記や対戦動画を見せられたとき、恐ろしいものの破片は一人の怪物の姿となって、彼の印象を永久に覆いつくした。
そこにはオンラインでよくみかける異次元生物の姿があった。最上位層にこそ及ばないものの、この資料を見る限り私よりはるかに格上のプレイヤーのようだ。まずツモさばきが違う。相手の画面をチェックし、あやしい動きを察知する能力が違う。潰しや催促に対応し、隙あらば瞬時に首を落とすための瞬発力が違う。特に中盤で重要になる副砲/合体の運用では越えられない壁がある。何より、私も名前くらいは耳にする某プレイヤーとの対戦で4割近い勝率という点が総合力の高さを物語っている。
この界隈はヤリコミストや病的カンスト職人が多いと聞くとはいえ、こんな身近にミノタウロスが潜んでいたとはね。動揺を隠し切れず、その件に関してすこしだけ接触を目論見る。
格上のプレイヤーに対抗するために
×「はじめて敵にあえた。」 ○「か、勝てねえ」
とりあえずまともに戦って勝てる相手ではない。リアルの人間関係の延長ではじめての事態だ。だからといってただゴミのように負けるのは気が進まない。格上とはいえ、対戦するなら消費税分でも勝率をもぎ取りたいよ。
こちらの強みを活かした戦術をとろうにも、全てのスキルで敗北している。最大火力はやや肉薄しているが、単純に打ち合えば負ける。*1平均2〜3連鎖とはいえ致命的な差、華麗な尾の仕込みや土壇場での伸ばしは連鎖理論とテクノロジーの結晶でありとても一朝一夕に身につくものではない。
そのため敵主砲の威力が手がつけられないほど膨れ上がる前に中盤で撃墜する必要があるが、問題なことに相手のほうがかなり速い。飽和状態で撃っても火力負けするし、途中で仕掛けても負ける。100メートル14秒の人間が、ウサイン・ボルトに先回りして斬りつけようとするみたいな難問が発生する。
ぷよぷよに限らず中盤戦ほど手が多彩で実力差が問われるものはない。中盤戦は雑魚を真に雑魚にする。乱打戦や対応の応酬になれば間違いなく負ける。こちらは手の広がりが貧弱で隙も圧倒的に多い。こちらの潰しはかき消され、逆にどこからでも強烈な2連鎖を打ち込まれる。脳震盪は免れない。
終盤も中盤も厳しい。とはいえ、序盤で速攻を仕掛けて倒せるのは初級者までだ。あのレベルにヘルファイヤー*2は基本的に通用しない。よほど自分の速度に自信があって特殊な状況で無い限り、序盤に4〜5連鎖の小型連鎖で仕掛けるのは踏み潰してくれといっているようなもの。火器も持たずに象を挑発するのはよくない。
序盤は定石から外れたらアウト。終盤はよくわからないけど相手の勝利が確定している、中盤は砂にされるか実力で押し切られる。
業務上過失連鎖
残された手段となると、事故にみせかけて殺すしかない。連鎖が途中で止まってしまった暴発事故に見せかけて不意を打つ。連鎖本体はどうせ撃っても返されるだけだしハリボテに専念する*3。この戦術はある程度のレベルまでは有効で、自分よりかなり格上の相手も刺せたことがある。ただ、あくまで一期一会の相手でのみ有効な戦術で連戦では使えない。それに、彼のレベルだとよほど運よく暴発を偽装できないかぎり初回ですら見切ってくるだろう。フェイントは中級者以上にとって基本戦術のひとつに過ぎない。単にTFをあわせられても、主砲を打たれても負ける。その辺を上手く調整することは私のスキルを大きく超える。
どうしよう。元より私のような雑魚が考えて思いつくようなセキュリティーホールなどとっくにパッチが当てられているのだが、まともに勝負できそうな戦術がない。それに引き換え、相手の有利な戦場の多いこと多いこと。
最後は運だよ運、ツモ運頼みの博打発火で奇跡を期待する。相手が5回連続で特定の色をツモらなければきっと勝てるさ。えっ、多色発火でどの色でも発火可能?なにそれ美味しいの?
しょせん、プレイは週末にたまにやる程度で独学のぬるゲーマーは、平日返上のエリートゲーマーに勝てないのだろうか。よりによって「ぷよぷよ」で、まさかこのレベルの怪物が身近にいるとはね。ネットや世界のどこかに生息しているならともかく、何か釈然としない。