はじめての衝突 :動き出すLHC


ALICEでのお祝いの様子

Geneva, 23 November 2009. Today the LHC circulated two beams simultaneously for the first time, allowing the operators to test the synchronization of the beams and giving the experiments their first chance to look for proton-proton collisions.

Two circulating beams bring first collisions in the LHC

日本時間11/23(月)深夜、LHCにおける最初の衝突実験が行われた。その2日ほど前に、陽子ビームがLHCを周回し、14ヶ月ぶりに元気な姿をみせた。そして今度の衝突でさらに一歩進めたことになる。

実に難産だった。古い文献では1999年に稼働予定とすら書かれている予定日は、2006年稼働、2007年稼働、2008年稼働・・・と、バベルの完成を身篭った姑獲鳥の夏か、熱いアスファルトをカラカラはしる逃げ水のように思っていた。トラブルや爆発の話を耳に挟んだのもここ一年の話ではない。ジュネーブ地下のローレンツファクターは大きく、そこだけ時間が凍り付いたように地上の秒針からこぼれ落ちていった。しかし無限大ではなかったようだ。

今は豊かな刈り取りの季節、長い理論の夏で繁茂した幾千の模型が淘汰される。30年にわたって君臨した素粒子標準模型の枠組みを超越した生存者が、実験の落雷による無数の死とプラズマの中から、勝利の雄たけびをあげて立ち上がることを期待する。


ATLASでの衝突イベント

ビームの状態

ビームはSPSから入射した450GeVの陽子をそのまま用いていており、衝突エネルギーは重心系で900GeVとフルパワーの6%程度でしかなく、ルミノシティ(〜ビーム粒子密度)も十分ではない。

とはいえ、900GeVは温度に換算して1京440兆ケルビンだ。すでにビックバンから数百億分の1秒後の世界*1がそこにある。物質より光が優勢な初期宇宙(100億ケルビン以上)では、時間の平方根に反比例して温度が低下していくため、エネルギーを1ケタあげると時代を2ケタ遡ることになる。

未来の話、ブラックホールとか

これからの予定だが、噂では重心系エネルギー(S)=2.2〜2.4TeVに上げての衝突は「今月末」とも「来月の中程」とも「クリスマスまでに」とも聞いている。"宇宙検閲管"は超高エネルギー宇宙線の取締りでもしてるか寝ていてほしいところだが、アメリカ西海岸のテバトロン(S=1.96TeV)にはダンマリを決め込んでいるので、今年中の再テロは無い・・・と信じたい。~2TeV以降は人類が未体験の領域である。

本格的に動き出すのは来年からで、年明けに一ヶ月ほど調整*2してS=7〜10TeVで走らせると聞いている。この辺でブラックホールなり、ひものダンゴなり、カルツァクラインなり、ワープした宇宙なりが見えるかも。

最高エネルギーの14TeVに達するのは恐らく2011年で未知の現象が確認されるとしたらこのあたり、ビームルミノシティがそこそこ上がって統計がたまるのは 2012年以降、Higgsが射程圏に入る。Super-LHCなりDLHCへのアップデートはもうすこし後のマターになる。http://atlas.web.cern.ch/Atlas/public/EVTDISPLAY/events.html

*1:900GeVはあくまでpp全体のエネルギーであり、個々のparton衝突エネルギーは900GeVより小さいため、やや時代を下る

*2:LHCのエネルギーはビームを曲げるための磁場をどれだけ強くできるかが決めている。巨大な運動量をもったビームをLHC に収まる旋回半径で曲げさえできれば加速する機会はいくらでもある。磁場を強くしすぎるとコイルの超伝導が破れて楽しいことになるので、冒険はできない。14TeVを達成するには、あの巨大なリングを構成する全域のマグネットがどれもクエンチすること無く8.3テスラを安定維持できることが条件になる。