6000人が作った地球破壊爆弾は必ず動く

ドラえもん」がネズミパニックに陥った際の「地球破壊爆弾」危機は、キューバ危機と並んで日本の一部では有名だ。

劇中の地球破壊爆弾は威力の割に極めてコンパクトな爆弾として知られる。あの爆弾の重さを20kgとして全ての質量がエネルギーに変換されたとしてもTNT換算で420メガトンであり、せいぜい関東が焼け野原になって衝撃波が地球を何週かする程度だ。どんなメカニズムが働いているのかすこし気になった。
E=mc^2=20[kg] \cdot (3 \times 10^8[m/s] )^2=1.8\times 10^{18} [J]=420Mt \text{(by TNT)}

ではまず、地球を木っ端微塵に破壊するために必要なエネルギーを計算してみる。

地球なんて爆発すればいいのに、と呟く前に地球を破壊するために必要なエネルギーは何によって決まっているのだろう。地殻の岩石を砕くのに必要なエネルギーを積分すればいい?、単純に隕石とクレーターの大きさの関係からクレーターの直径が地球規模になるくらいのエネルギーと推定すればいい?

そのどれも地球を破壊するにはあまりにも少なすぎる。


NHKスペシャル地球大進化」で直径400kmの隕石が時速72000kmで地球に衝突するシーンの描写がある。様々なMADで流用されているのでみたことのある人も多いだろう。何年か前TSUTAYAで借りようとしてVHSしか置いて無くて苦労した覚えがある。それはさておき、太平洋ほどのクレーターが形成され、地球は4000度の灼熱の岩石蒸気に覆われる。解放されるエネルギーは10^28Jのオーダーになるだろう。しかし、これほどのエネルギーを投入しても地球は表面がドロドロに融解しただけで依然として形を保ったままだ。クレーターの形成は物質が右から左に移動しただけで、宇宙に飛び去ってしまった訳ではない。

地球爆破の最大の障壁、それは重力だ。物は投げれば落ちてくる。ニーチェの「重力の魔」ではないが、どんなに強力な爆薬で岩盤を吹き飛ばそうとも、吹き上げられた破片は速やかに地上に落下する。星は半壊しようとも速やかに重力で再結合する。この重力結合を上回ることは、惑星を溶かしたり砕くより難しい。

ロケットの打ち上げをみれば分かるように、物を重力を振り切って宇宙の果てまで飛ばすには相当のエネルギーが必要だ。わずか数トンの衛星を打ち上げるのですら相当のエネルギーを必要とする。ではこれが富士山ほどの質量だったらどうだろう、宇宙に飛んでいく光景を想像できるだろうか。オーストラリア大陸が宇宙に飛び去るのに必要なエネルギーは?そして、その数千倍の容積を有する地球が自己重力による束縛を振り切って宇宙に爆散するのに必要なエネルギーは?恐ろしいほどの値になる。

過程抜きで答えだけになるが、地球の自己重力エネルギーUは大雑把に以下の式で与えられ、「地球破壊爆弾」はこれ以上のエネルギー仕様が要求される。
U=\frac{3GM^2}{5r}=\frac{3 \cdot 6.7\times 10^{-11} \cdot \left( 6.0 \times 10^{24} [kg] \right)^2}{5 \cdot 6.3 \times 10^6 [m]}=1.9 \times 10^{32}[J]

指数が増えてもピンと来ないかもしれないが、これはたとえ地球が全てヘキソーゲンやスラリー爆薬で構成されていたとしても、木っ端微塵にならないことを意味している。地球と同じ大きさのダイナマイトがあっても地球は吹き飛ばない。それどころか、ダイナマイトは自身の重力を振り切ることができない。それだけ重力の束縛は強い。

さて、地球破壊爆弾の設計書

22世紀の超技術を用いずとも、頑張れば地球破壊爆弾を作ることはできるだろうか。反物質は保存が難しく、現在の技術でとても手に負える代物ではないのでとりあえず除外する。次に考えられるのは、威力を無限に上げられることになっている水爆だが、地上にある重水素を可能な限りかき集めて作るとどこまでいけるだろう。地上にある海水の総重量は1.4x10^21[kg]であり、D/H=1.5x10^-4とすると、地上にある重水素の総量はざっと20兆トンといったところである。とりあえず核融合による生成エネルギーを1[MeV/A]程度とすると、2x10^30Jくらいになって地球破壊爆弾には2桁ほど足りない。地上の重水素をすべてかき集めても500兆メガトンの威力が限度だ。

ただ、例の400km隕石の200倍のエネルギーだ。地殻は完全に融解し文明と生命の全ての痕跡は一掃される。月ぐらいなら吹き飛ばせるかもしれない。爆発のエネルギーがどれだけ逃げるかにもよるが、月の自己重力エネルギーは地球の1500分の1だ。

地球破壊爆弾木星などのガス惑星から大量の重水素を集めてくれば原理的には不可能ではない。直径1キロの水爆が100万個ぐらいあればエネルギー的には足りる。地上の重水素をすべて消費して1万個、エウロパの氷をすべて消費して数千個。ガス惑星はほぼ無尽蔵だが、重力井戸が深い。

ふはは、既に太陽系を吹き飛ばすほどのエネルギーが・・・


ちなみに、太陽を爆破するのに必要なエネルギーは地球破壊爆弾の100億倍ぐらいになる。太陽系の質量はその99.9%が太陽に集中しており、太陽を破壊する事は太陽系を破壊する事に等しい。惑星など飛び散る破片の一つにも満たない。超新星のエネルギーはその100倍ぐらいになる。超新星では星を構成している物質は秒速1万キロで爆散する。(〜10^44J)
(右の写真は超新星SN2006jcとその母銀河、超新星爆発の威力がよく分かる写真だ。)

さらにエネルギーを上げて、銀河系を大爆破するには太陽系破壊爆弾の数兆倍のエネルギーが必要だ(〜10^54J)。1億度のプラズマガスすら脱出できない、底なし重力井戸のダークマターハローに沈む銀河団を吹き飛ばすのに必要なエネルギーは銀河系破壊爆弾の・・・考えるだけ無駄か。