「質量に起源は必要か」 - 記者会見を控えた今、ヒッグス粒子を理解する

【告知】2012年7月4日16時(JST)に、欧州原子核研究機構CERNヒッグス粒子探索の最新結果について記者会見をするそうです。2011年末の発表では、”大変興味をそそる示唆”がみられたため、はるかに統計を増した今回の記者会見は期待が高まります。【ヤッター】

単純に「物には質量という生来のパラメタがある」で終わらせずに、複雑怪奇な「質量の起源」を外から持ってくるのはなぜだろう。

「前者のほうがはるかにシンプルな説明だ。何のために?」そう思うかもしれない。

ところで、わかりやすい説明は難しい?

A. たぶん難しい。

何かの拍子に、質量の起源やヒッグス粒子に興味をいだいて検索すると、原子炉に穴を開けてしまったかのように、よくわからないものが次から次へと吹き出してきて困惑することになる。

式で書けば数行で正確に表現できても、式を解説するには何冊も必要になる。自然言語で手短に話せばポエティックな模造品で、伝達には困難が伴う。

話題の発散を防ぐため、素粒子、力の粒子、あたりの単語は説明なしに扱うけど、一応解説リンク 
素粒子とは何か ACTIVE GALACTIC

さて本題、素粒子が質量を持っているのはまったく自明じゃない

問題:対称性は質量のハードコーディングを許さない

素粒子の世界ではたくさんの法(則)が発見されてきた。それらが「素粒子は法のもとに平等であるべきだ」という基本理念(対称性)から導かれる様子をイメージしてみよう。*1

ただ、平等理念をそのまま適用すると、素粒子に資産(質量)を与えることが禁止される。例えば、会計法に「ただし、オリンパスの資産は常に173.5兆円とする。」という条文を明示的に書いてしまうと、理念に反する上に、無限大の取引が行われるバグの温床になる*2

解決案:人間集団の自然発生的な格差を使う

そこで、人間の対称性を破ることで、法や平等理念の対称性を隠してしまうモデルを考えよう。人間は「平等な教育」という理念を形式的に維持しつつ、数学得意と数学苦手のように自発的に平等性が破れることがある。*3

さて、非零な格差期待値を持った社会が適当に選ばれた。

非対称や格差があると.....

法律の質量:力の粒子の質量

大きな格差が生じた社会では、それを補償する法体系が重厚長大なものになってしまう。法をすこし軌道修正するにも、あらゆる立場に対する調整コストが必要になる。*4

法人の質量:物質粒子の質量

物質粒子は法人になぞらえることができる。法人それ自体に本来質量はないが、人間の非対称によって自由に労働市場を動きまわることはできない。おなじ社会情勢でも、ペーパーカンパニーのようにほとんど無抵抗で動ける粒子もあれば、何十万という従業員が関連して身軽に動けない粒子もある。*5

まとめ

ざっくりとこん感じ

  1. 憲法・理念=対称性
  2. 法律=力の粒子(格差を呑みこんで重くなる)
  3. 法人=物質粒子(沢山の人間が関わるほど腰が重い)
  4. 人間=ヒッグス場・真空

実験:真空にエネルギーを注ぎこんで大事件を起こす

ただ想像するだけならミクロ世界のお伽話だ。実験で人間に相当するものの存在を確認したい。

ヒッグス粒子の生成

そこでビックバン直後に匹敵するエネルギー密度を社会に叩き込んで興奮状態を作り出し、革命や大規模な抗議運動を生成することを考えてみよう。温度に換算して数京ケルビンの一撃だ。場の励起状態として粒子が生成される。

ヒッグス粒子の崩壊シグナル

大規模な社会運動がすべての人間を目的にした重い組織を生成するように、ヒッグス粒子は重たい粒子に変化する。その特徴出来な信号を捉えるのだ。夢のあとに残るものは様々で、各々のシナリオで、それぞれヒッグス粒子の崩壊信号を捉えることで確度を高める。

測定時間は数年

放射線検出器でそこそこのCs-137を検出するには1時間程度の測定時間でいいが、ヒッグス粒子の検出は人類の限界に挑む行為であり、世界最高の設備で数年の測定時間が必要だ。スペクトルピークの位置すら未知なのだ。莫大な時間をかけてデータを蓄積し、様々な系統誤差を確実に絞め、ゆっくりと確度が増して行く。0か1かの1bit思考だと、フラストレーションがたまるので灰色がどんどん濃くなっていくのを楽しもう。

今回の記者会見で何が発表されるか全くわからないが、今年の中程から終わりにかけて、そろそろ人類が発見を宣言するのに十分なデータが貯まっていても可笑しくない。

さあ、答えはもうすぐやってくる。



公式URL等 (随時更新)

2012年7月4日 日本時間16時00分

  1. http://webcast.web.cern.ch/webcast/ Webcast ここで放送
  2. CERN to give update on Higgs search as curtain raiser to ICHEP conference CERNによるプレスリリース
  3. ICHEP 2012 Melbourne 素粒子物理学の国際会議

蛇足

極めて現実的道筋に欠ける話を加えるのは微妙だが、工学的な話が好きな方の為にすこし言及すると。万が一、ヒッグス場のパラメタを決めるメカニズムを制御することができるなら、W/Z-massをいじって放射性核種の半減期を操作したり、電子質量・原子半径を変更して果てしなく軽くてCNTを超える切断長の物質を作ることは、強ち不可能とも。

*1:マクスウェル方程式がU(1)対称性から導かれるように、自然界の相互作用は基本的な対称性に起因する。

*2:たとえば、粒子の散乱確率が無限大に発散

*3:説明に使った社会は、あくまでも解説のためのメタファーであって、現実社会とは違うし、ヒッグス機構と正確に対応している訳でもない。

*4:真空の対称性が破れることにより、今まで真空が持っていた4つ成分のうち3つを、力の粒子が吸収

*5:ヒッグス場と関わる程度の違いが、質量の違いに対応する

はてなブログへ移行すべきだろうか

現在、3つほど躊躇がある。

まず、IDでアンダーバーが使えない。id:active_galacticでとろうとしたらリジェクトされた。移行するなら新しいIDとして転生する必要がある。

次に、hatenablog.comやhateblo.jpに分散している意図がわからない。google検索の際に煩わしいし、どれがデファクトスタンダードで、どれがマイナードメインになるのか見極める時間が欲しい。

最後に、転生コストに見合うキラーコンテンツを把握していない。texがスゴク綺麗に出力されるだとか、論文をとりあえずメモっておけば管理ソフトのように使えるだとか、そういうものがあると飛びつきたくもなるが。

http://hatenablog.com/

さて、どうしよう。

コンパイル亡き後の「ぷよぷよまん」?

「赤ぷよ」を模した肉まんが、『ぷよぷよまん』という商品名で23日(月)から発売になった。

「ぷよぷよまん(あかぷよ)」発売決定!!

かつて地上に存在した『ぷよまん』とよばれる紅葉饅頭が、コンパイル(株)のメルトダウンと共に盛大に散華して幾星霜、ぷよまん復活計画も流れ果て、「一度は賞味しておけばよかった。今は10個入り3万円でも欲しい。」と嘆いていた頃が懐かしい。滅んだ文明を偲ばせるような中華まんだ。

ただ、その入手は「スライムまん」と比べてかなり難しいようだ。ファミマに通えば手に入る状況と異なり、該当する店舗が少ない上に、まだ入荷していないところが多いみたい。数日で全滅(全消し?)になることは無いかもしれないが、能動的に動かない限り遭遇する可能性は低い。

連鎖!

ぷよは4つで一連鎖だけど、普通の肉まんをお邪魔ぷよと見立てれば、おじゃま1匹と赤ぷよ8匹の合計9匹で、こんなふうに2連鎖を作ることができる。

計77匹いれば11連鎖も組めるようだけど、流石にこんなに買い集める狂人はいないはず。

連鎖の引用元:石川をぷよで染める会(ISP) KKKさん

太陽はどの方角に沈むか、任意の天体で

大学生の25%が日没の方角を知らないというニュースだが、私も任意の天体における東西南北の定義をちゃんと把握していないので五十歩百歩だ。金星や天王星トリトンみたいな例を即答できない。

北の定義とは? 何人が即答できるか

金星は自転と公転が逆だ。

(A)『一般に回転体の北極は角速度ベクトルの方向(その極からみると反時計回りに見える方向)として与えられる。自転軸(北)は公転面に対して177度傾いており、北極と南極の位置が地球からみて逆立ちしている。金星で太陽は西に沈む。』という解釈 (Fig1)が私にはしっくりくる。この北の定義は公転しない浮遊惑星にも適応できる。

Fig1. 金星と地球の自転公転関係

しかし、(B)『北極は公転面に対して地球と同じ側とする。自転軸の傾きは3度であり、周期マイナス243日の逆回転をしている。金星では太陽が西から昇って東に沈む。』みたいな解釈も見た記憶がある。北をなるべく揃えた方が扱いやすい場面は多いだろう。

どちらを北と呼ぶかの問題で、起きている現象は変わらないが、正式な定義はどうなのだろう。*1

東西の定義は?

ここでは南北を定義すると東西は地球と同じ関係になるよう脊髄反射的に与えてきたが、実際に東西はどう定義されるだろう。惑星の回る向きを東と定義するなら、後者(B)はFig2のように東が北に向かって左手になり、太陽は西に沈む。

Fig2. 東西が地球と逆?

あるいは、ダイソン球の内側から地面を見下ろす場合、そのような逆立ちした世界では、東西が反転するのか。

おらが村の東西南北

各々の天体から見た太陽の挙動を計算するのはただの算数だ。造作も無い。

しかし、それが東西南北という単語に結びつけるとなると、その定義が不勉強であやふやであることをそのニュースは気づかせてくれた。

横倒しで公転する天王星のどっちが北で、あるいは、海王星に対して軌道傾斜角156度で逆行回転してるトリトンのどっちの面を指して南半球と言っているのか(トリトンの自転と公転は同期している)、漫然と聞き流していたことを思い知らされた。

方位の定義について考えたこともなく生まれた土地から出たことの無い人間が「大学生は馬鹿だなあ。太陽は山側から昇るに決まってるだろ。」と言っているがごとし。

このエントリは解説ではなく反省日記。*2

※ 訂正:トリトン天王星の衛星と勘違いした記述がありましたが指摘により修正いたしました。ありがとうございます。

*1:ちなみに、自転軸のポラリス(現北極星)に近い側をもって北とする定義は、歳差運動もそうだが、奴は固有運動があるし老い先短い。

*2:「太陽はどの方角に沈むか」という問いには白夜・極夜解も含めないと恐らく不十分だろう。太陽に対して潮汐ロックされた天体から太陽はほぼ不動で沈みも上りもしないが、秤動があるので”永遠の夕焼け地帯”では同一方向での日没・日出がありうる。一般の天体では遡行があってよさそう。これが地平線と重なると日没は多少複雑に。アンリアリスティックだが8の字解みたいな特殊な配置の星系だと、もっと面白くて多様な解になるはず。

宇宙の果てや加速膨張はどう観測されるか

宇宙をのぞきこんだとき、最も深い世界はどう見えるだろうか。


Hubble Ultra Deep Field

ちょうど2011年のノーベル物理学賞が『宇宙の加速膨張』になったので、現在観測される宇宙の全体像について簡単に触れてみよう。例えば次のような誤解を聞くが、実際はどうなのだろう。

誤解の例

  1. 同じ大きさの物体は遠くにあるほど小さく見える。
  2. 100億光年はなれた銀河は、100億年前に100億光年離れた場所にあった。
  3. 宇宙は光速で膨張している。
  4. 宇宙が2倍になると原子の大きさも2倍になる。

A. 超遠方宇宙の概要

宇宙といえど無限の奈落ではない。夜空を見上げた視線は観測可能な宇宙の果てにつきあたる。超遠方の天体は宇宙の果てに近いほど次の性質を示す。

  1. 若い
  2. 赤い
  3. 時の流れが遅い
  4. 大きく見える
  5. 暗い

A1. 遠い宇宙は若い

遠い宇宙は太古の宇宙だ。遠い宇宙から地球に光が届くのには時間がかかる。遠くを見ることは、過去を見ることであり、遠くの宇宙は近くの宇宙より若々しい。例えば、数十億光年先の世界は星の出生率が概して高いし、高齢者の割合は少ない。

Fig1. 我々が観測する宇宙の全体像

目盛は宇宙年齢を示していて単位は10億歳。左端の望遠鏡が地球の位置で137億歳を指している。
遠くを見れば見るほど宇宙が若かった時代を見ることになり、どの方向を見ても行き着く先にはビックバンがある。然るべき観測装置があれば、宇宙の再電離が完了した時代、最初の銀河が生まれた時代、最初の星が生まれた時代、まだ星すら存在しない暗黒時代、そしてビッグバン直後の宇宙が光に満ち溢れた時代*1に到達する。ちなみに、満ち溢れていた光はまだ宇宙をさまよっているが、赤方偏移(後述)でマイクロ波まで引き伸ばされているので肉眼で空を眺めても真っ暗闇だ。

光が届くのに1年かかる距離を1光年(LTD: look back time distance)と呼ぶことにしよう。ビッグバンまで約137億光年(LTD)離れており、人類が所持する望遠鏡の射程距離は130億光年(LTD)*2を越える世界に到達しつつある*3

A2. 赤方偏移:すべては赤くなる

宇宙が本当に膨張しているかはさておき、遠くの天体は赤い。遠ければ遠いほど赤くなり、ニュースに出てくる最遠部の銀河ともなると赤外で光ってる。(赤外望遠鏡は大事)

物体からくる光が本来より赤くシフトする現象を「赤方偏移」という。固有運動*4や天体の収縮や重力なども寄与するが、遠方天体の大きな赤方偏移はほとんど宇宙膨張によって説明される。

宇宙膨張による赤方偏移の量を、後退速度という概念を経由して説明するのは、高赤方偏移天体クラスの距離になると厄介なので、素直に「宇宙がX倍に膨張すると、光の波長もX倍に引き伸ばされる」という一般相対性理論のシンプルな関係に頼ることにしよう。

Fig2. 赤方偏移と距離(LTD)の関係

赤方偏移で波長がX倍に引き伸ばされる時、赤方偏移の指標ZをZ=X-1で与えよう。例えば、15%引き伸ばされる(X=1.15)ならZ=0.15となる。天の川銀河近傍がZ=0で、Zが大きいほど遠方の天体であり、Z=1が宇宙が今の半分だった時代に対応する。宇宙の果てで無限大に発散する。

また、Zが1より十分に小さいところでは以下の関係が成立する。
天体までの距離〜 Z * 135億光年
天体の後退速度〜 Z * 光速
(例えば、Z=0.04 だと、5.4億光年離れていて光速の4%で遠ざかっているように見える。)

A3. 遠い宇宙ほどスローモーション

近い銀河はほとんど1倍速だけど、遠い銀河になるほどゆっくり時間が流れているように見える。光がX倍に伸ばされるとは光の周波数が1/X倍になることであり、さらに言えば、光の周波数だけでなくあらゆる変動が1/X倍速になって観測される。

Fig3. スローモーションの実例:Ia型超新星の明るさの変化

Ia型超新星の明るさの変化は、生成された放射性物質半減期で決まっている。本来、コバルト56の半減期は77日だが、遠い超新星はコバルト56の半減期が伸びて(例えば150日)観測される。

Fig4. 距離とスローモーション効果の実測

(横軸)赤方偏移Zに対して、(縦軸)超新星の光度変化が何倍スローモーションになって見えたか(light curve fitting)
時間の流れが1/(1+Z)倍 (1/X倍) になっていることが確認できる。

最遠の世界は単に若い頃の宇宙であるだけでなく、時が凍りついたように年を取らない。

A4. あまりに遠い天体は逆に大きく見える

「物体は遠くなるほど小さくみえる」これは我々の日常空間では常識だ。太陽系や銀河団といったミクロな世界でもそうだろう。

しかし、宇宙の底に届くような距離では違う。

まだ宇宙が小さかった頃に天体を出発した光がつくる像は宇宙膨張によって果てしなく引きのばされてしまう。この宇宙では約100億年光年(LTD)離れた物体が一番小さく見える。これより長い距離では膨張の効果が勝ち、物は遠ければ遠いほど大きくみえる。

Fig5. 天体の見え方

短い距離では遠いものほど小さく見えるという幾何学が成立するが、光が伝わる間に宇宙が何倍にも膨張するほどの距離ではその限りではない。

もっとも、初期宇宙の幼い銀河はまだ暗くて小さい傾向にある。天体自体が小さいことは宇宙膨張による拡大効果を打ち消してしまうので、実物の写真を見てもでかいという印象は受けないだろう。これは近くにいる大人と遠くにいる(ので拡大されて見える)赤ん坊を比較するようなものだ。

Fig6. でかく見える例:宇宙マイクロ波背景放射(CMB)

ビックバンから約38万年後に、不透明なプラズマだった宇宙は十分に冷えて透明な水素ガスになる。この境界(CMB)*5は光で観測できる宇宙の果てであり、どの方向をみてもマイクロ波で光る雲壁として観測される(上図はWMAP衛星で観測したCMBの全天パノラマ)。

  1. CMBには数十万光年サイズのむらむらが存在しているが、遠い宇宙の果てにあるので見かけは満月よりも大きい。
  2. むらと同サイズの天体を10億光年(LTD)しか離れていないところに置いたら、点にしか見えない。
  3. もしCMBの壁を越えてさらに遠くを観測できる手法が確立されたら、さらに小さかった時代の宇宙が際限なく拡大されて見えるだろう。

A5. 光度距離:宇宙の果てに近い天体は無限に暗い

超遠方宇宙からくる信号はとても微かだ。

宇宙がX倍に膨張すると、光のエネルギー密度はX^4倍に希釈される。Z=9 (X=10) にある天体の表面輝度は、宇宙膨張の効果で1/10000になってしまう。像の面積が100倍になるので、トータルの明るさは1/100どまりだが、像が広がった分ノイズが増えることも含めて厳しいことにかわりない。

銀河系近傍で物体の明るさは距離の2乗に反比例する。例えば光源までの距離が3倍になると、見かけの明るさは1/9だ。明るさを基準にした距離を光度距離(LD: luminosity distance)という。同じ光源を2つ用意して、明るさが1/100に見えるなら10倍の距離にあると考える。

超遠方天体の暗さたるや、宇宙で最初に生まれた星々までの距離は1兆光年(LD)に達し、CMBに至っては50兆光年(LD)にもなる。光度距離で1 兆光年とは1億光年離れた状況のさらに1億分の一の明るさになる距離ということ。

光度距離での圧倒的な宇宙の深さは、遠い宇宙を観測困難にする要因の一つだ。


B. 加速膨張について

B1. 自然な宇宙膨張は減速膨張

A2でみたように、観測される宇宙は一貫して膨張している。赤方偏移は過去に遡るほど大きく(Fig2)、現在と比較した宇宙の大きさ 1/(1+Z) は過去に遡るほど小さい。

では、宇宙膨張のペースは未来も過去も同じだろうか。

宇宙膨張は相対性理論に拡張された重力の振る舞いであり、普通の物質ならお互いに引き寄せ合あって膨張を減速させる方向に働く。

ニュートン的重力によるアナロジーだと、空に向かって投げたボールが重力で地球に引き戻される現象が近い。ボールが脱出速度を超えていて無限の彼方に飛び去るにせよ(永久膨張)、ふたたび地上に引き戻されるにせよ(ビッグクランチ)、重力はボールに対して引力として作用する。

ボールを投げてしばらくしたら、ぐんぐん天に向かって加速し無限に速くなっていく(加速膨張)という現象があるとしたら、重力の性質としていかにも不可解だ。

B2. 宇宙年齢のパラドックス、加速膨張の兆候

しかし減速膨張で計算すると、宇宙が中身である銀河や星より若いというパラドックスが生じうる。近傍銀河を使った現在の膨張速度の測定結果を用い、過去はさらに膨張が速かったのだとすると、宇宙は例えば90億歳だということになってしまう。

当時は宇宙年齢の測定精度が低いとは言え、ある球状星団などは200億歳ぐらいあるんじゃないかみたいなことも言われていて*6、「宇宙項(暗黒エネルギー)のような変なものを導入すれば、宇宙膨張の減速を緩和できる。宇宙年齢が伸びて問題は解決する。」といった議論がなされた。

Fig7. 宇宙膨張の時間変化

横軸は時間(単位は十億年)、縦軸(左)は現在と比較した宇宙の大きさである。
減速膨張(過去はもっと膨張が速い)だと宇宙年齢が短くなってしまうが、宇宙項などをいれて膨張速度を調整してやると宇宙年齢を伸ばすことができる。

B3. 実際に測ってみる:2011年ノーベル物理学賞

言うだけならどんな妄想も可能だ。加速膨張が科学たるためには実際に過去の膨張速度を測ってやる必要がある。

極めて遠方の天体を観測した場合、当時の宇宙の大きさは赤方偏移でわかる*7が、当時が宇宙年齢で何億歳に相当するか正確に測るのは難しい。

そこで宇宙年齢より正確に測れる天体の明るさ(光度距離)を使う。天体までの光度距離は、真の明るさが十分に理解されている天体があれば正確に測定できる。ちょうどいいところにIa型超新星*8という定格光度の照明弾がころがっているのでこれを使うことにしよう。

宇宙が加速膨張していると、ある赤方偏移Zに対して光度距離が大きく(天体が暗く)でる傾向にある。それを実際に測ったのが次の結果

Fig8. Ia型超新星の明るさと赤方偏移の関係

横軸は赤方偏移、縦軸は超新星の明るさ(数値が大きいほど暗い):
Zが大きいところで観測値が系統的に暗くシフトしていることは、宇宙の加速膨張を示唆する。簡単な観測のように思われるかも知れないが、感度と視野角で現代に遠く及ばない90年代は、Z~1に達するような遠方の超新星を多数測定することは大変だったようだ。

Measurements of Ω and Λ from 42 High-Redshift Supernovae - IOPscience

これだけだと遠方超新星を暗くする別の説明がいくらでも考えられそうだが、その後より多くの超新星について研究され、また銀河団宇宙背景放射の精密測定などにより*9、加速膨張とそれを起こしうる物理的起源(「暗黒エネルギー」のようなもの)が受け入れられるようになってきた。





C. 以下、脈絡の無い雑記

冒頭で誤解として挙げておきながら触れなかったことなど

  1. 曲率の説明を省いているけど、あるとすれば次回。適当に3角形を作った場合、内角の和が180°より大きくなるか、小さくなるか、それともユークリッド空間のように180°ピッタリになるかというパラメタがある。遠くの宇宙の見え方がちょっと異なる。
  2. 原子や太陽系は宇宙膨張で膨らまない*10銀河団も自己重力の影響が卓越していてわりと切り離されている。超銀河団やさらに大きい構造になると団結心に欠けるのでそこそこ影響を受ける。
  3. LTDみたいな腐った物差と比較してばかりで、本来の幾何学的な距離である固有距離や共動距離に触れないことに対してツッコミがあるかもしれない。申し訳程度に対応関係に触れておくと、観測可能な宇宙の果てまでの共動距離は約470億光年、Z=10で約250億光年、Z=1で約100億光年といったところ。宇宙の大部分はhigh-Z
  4. 固有距離が超光速で離れている領域からの光や情報は地球に届きうる(地平線はもうすこし遠い)。大域的な後退速度が光速を越える距離にあまり物理的な意味はない。
  5. 宇宙膨張下で離れたところに情報が伝わる速度などの量的な関係は話題が発散するので今回は略
  6. 星と星は凄まじく孤立しているけど、銀河と銀河の距離はそうでもない。例えば局部銀河群だと10万光年ぐらいの銀河が200万光年しか離れていない。星と違い銀河同士はよく交通事故を起こしている。

*1:輻射優勢期:輻射がエネルギー密度の主要部を占め、宇宙膨張の主役だった時代。ビックバンから数万年後、宇宙の晴れ上がりの少し前に終了する。

*2:CMBを除く

*3:私たちが特別な宇宙の中心にいることを意味しているのはなく、宇宙のどこにいても137億光年(LTD)先がビッグバンになってみえる。また、私たちから見て同じ方向に129億光年(LTD)離れた天体Aと135億光年(LTD)離れた天体Bがあった場合、AからみてBが6億光年(LTD)より遥かに大きく離れていることに注意しよう。宇宙論的距離で単純な足し算・引き算にならない。

*4:銀河団の速度分散

*5:Z~1100、LTD~137億光年

*6:今は、星風をちゃんと考慮することで200億歳もないと考えられるようになった。

*7:当時の宇宙の大きさは1/(1+Z)倍

*8:Ia型超新星は、白色矮星がガスを食べたりして一定の質量に達したときに暴走的な核反応が生じて木っ端微塵になる現象で、明るさが精度良く理解されている。核燃料が同じで、太陽の約1.4倍という決まった質量をもった天然の原子爆弾だ。

*9:銀河団の観測から暗黒物質を含めた”物質”の総量を測定することができるが、物質だけではWMAP等の観測による平坦な宇宙を実現するに足りない

*10:微細構造定数がZ依存するかも、みたいな話はあるが

新たなニュートリノ・アノマリー

すでに衆知のことだけど、CERNで生成したニュートリノビーム(CNGS beam)を使ったOPERA実験において、ニュートリノの速度vを測定したところ、真空中の光速cより有意に速いというセンセーショナルな結果が得られた。

\frac{v-c}{c}=(2.48 \pm 0.28 (stat.) \pm 0.3 (sys.))\time 10^{-5}

よく分からない結果が出てあーだこーだ議論する状況は、多数の研究者が参加した大プロジェクトでもある話だが、想像以上にメディアの反響があり、あっという間に世紀の大ニュースになって驚いている。

実験の要点

実験に関して重要そうなポイントは、以下を含めた多くの方に語られてしまった後なので、あまりしゃべることがない。

光よりも速く : 大栗博司のブログ 大栗さん
科学と報道の間で (ニュートリノの速度と光の速度) : 油断するなここは戦場だ 野尻さん
http://journal.mycom.co.jp/articles/2011/09/25/neutrino/index.html 物理に関する一般メディアなら信頼と実績のマイコミジャーナル

また、オフィシャルな発表は以下で得られる。

[1109.4897] Measurement of the neutrino velocity with the OPERA detector in the CNGS beam arXiv
OPERA experiment reports anomaly in flight time of neutrinos from CERN to Gran Sasso Press Release

現時点では、ジャンクを疑われつつ、外部による実験結果の吟味や系統誤差の再検証が行われている段階のようだ。

追試予定

米Fermilab*1のMINOS実験が追試を行うようである。MINOSは2007年に
 \frac{v-c}{c}=(5.1 \pm 2.9 ) \time  10^{-5} (68\% CL)

とやや超光速な値が得られているが、この時は+1.6σと一応は誤差の範囲

[0706.0437] Measurement of neutrino velocity with the MINOS detectors and NuMI neutrino beam arXiv

これで来年あたりもしOPERAと同じような結果になり、それまでにOPERAの原因が判明しなければ、両者に共通のエラーか新物理である可能性が高くなる。もし、本当に新物理だとしたら、検証にこれから数年はかかるだろう。

もし、どうしても解決できなければ、もっと長基線でニュートリノの速度を可能なかぎり精密に測ることを主目的*2にした実験が組まれることになるかもしれないが、はるかに先の話。

仮に今回の実験が正しく、本当に物理だとしたら

まず、示された実験結果は、入門書にのっているような単純な相対論のタキオンとは挙動(E-v relation)が異なる。

 E\neq \frac{m}{\sqrt{(v/c)^2-1}}

なので「ニュートリノの進行方向に激しくboostした系を使えば、ニュートリノは情報を過去に向かってと飛ばせることに…タイムマシンが…」みたいなことは実験が正しかったと仮定してもまだ言えない。

E~10MeVでは超新星SN1987Aにより|v-c|/c<2e-9という厳しい制限がついている。ニュートリノバースト自体は秒単位なのでMeV領域でのenergy dependenceに対する制約は<1e-12/MeVはあるだろう。これがOPERAが使う~10GeVのスケールで突然、超光速効果が顕在化する模型が必要。

すでに、電光石火で理論屋がarXivに投稿しており、観測を説明しうる方便が無いわけではないようだ。光円錐の外側に飛び出すような執筆速度というか、スピードは全てを制するというか、即席麺のようにこんな短時間でいくつも論文が仕上がっていることに驚かされる。

*1:米国最大の加速器Tevatronを有し、ヨーロッパのCERN同様に、米国素粒子実験界隈の中核拠点

*2:MINOSもOPERAニュートリノ振動を測るための実験