「戦争の経済学」を読んだ。
- 作者: ポール・ポースト,山形浩生
- 出版社/メーカー: バジリコ
- 発売日: 2007/10/30
- メディア: ハードカバー
- 購入: 21人 クリック: 300回
- この商品を含むブログ (74件) を見る
「戦争」について語ることができるのは"良識人"と馬○と変態だけだ。どんな言説も議論のレベルより先に、『話者はどんな立場か』つまりコイツは右か左かみたいないやらしい視線の洗礼を受けることになる。
主な立場は3つ。
- 一つは戦争が内包する矛盾や非人間性質に主眼を置く論点:体験談/歴史学、難死、ショアー、抑圧的性質、平和、システム、教育、権力、あたりがキーワードだろう。
- もうひとつは、安全保障や国益を前面に置く論点:シーレーン、第一列島線、安保理、反○勢力、防諜体制、レアメタル、北海道あたりのタームで語られる立場だ。
- 最後は、ガジェットオタクとしてのミリオタ的側面:ラプター、JDAM、ジャベリン、カラシニコフ、SM3、T- 90、プレデター、RMA、ゲルあたりがキーワード。
と、一通りオフダというか予防線を張った上で、そのどちらの立場にも速攻では放り込まれない、曖昧な立ち位置はあるのだろうか。
本書では、強力なツールである経済学を、軍事セクターという特殊な世界に適用したとき、どのよう範疇をカバーできるのか、について重要な示唆をあたえる。古来より軍事セクターは世界経済において少なからぬ割合を占めており、他の経済セクターとの関係や現象の理解には経済的な視点を欠くことはできない。例えば、ベトナム以降における戦争特需の不在について、あるいはテロと貧困の関係について書くなら、根拠となる数値や対応するモデルがなければ説得力はない。
本書の内容は、軍事セクターを構成する経済主体を網羅的に押さえたものとなっている。覇権国や中小国における戦争の経済的メリット/コストと行動履歴、労働市場としてみた場合のPMC/PMFや徴兵制・志願制の関係、内戦や国際テロリズムが政治情勢や経済情勢とどのような相関があり、また各主体がどのような資金管理によって維持されているのか、北朝鮮やパキスタンにおける事情、そして大量破壊兵器の経済学、テロ対策予算と経済に与える影響の程度などなど、幅広い内容がつまっている。たとえば下記のようなありがちな疑問にたいして、数値データというあやしい存在を大量に供給してくれる。
- 貧困がテロの温床になるって本当なのか?
- 是非はともかく、戦争は儲かるのか?
- 軍事費や戦争はGDPや失業率にどの程度の影響を与えるのか。失業率の変化は1%以下?経済成長率に与える影響は5%くらい?
- 軍産複合体の経済規模は何億ドルくらいで、他の業界や公共事業と比べてどの程度の規模なのか。たとえば保険業界よりも大きいの?
- 消費者が政府1人で供給者が極度の寡占・独占状態、そして大口契約という特異的な市場はどのような振る舞いをみせるのか。
ただ、内容が百科辞典的で網羅的になったせいか、構成要素の紹介だけでかなりのページを消耗してしまい、肝心の「経済学」と「戦争」の掛け合わせというアイディアの部分がかなり薄まってしまったところは残念だ。私は経済学をそれほど勉強したわけではないし、読み込めていない部分もあるだろうが、とりあえず需給曲線ひいてみました、ゲーム理論してみました的な簡易な内容が多く、それほど深い考察があるわけではない。戦争を題材にした教養生向けの経済学入門書という位置づけのようだ。
上下巻セットぐらいにすると、経済×戦争の持ち味も出てきて内容も深められそうな気がするけど、それだと敷居が高くなって売れないんだろうね。
Amazonの内容紹介より
戦争はペイするものなのか?
戦争は経済に貢献するか?憲法9条改正? 自衛隊を軍隊に? でもその前に一度、冷静になって考えてみよう。戦争は経済的にみてペイするものなのか? ミクロ・マクロの初歩的な経済理論を使って、巨大な公共投資である戦争──第一次世界大戦から、ベトナム戦争、湾岸戦争、イラク戦争まで──のバランスシートを丸裸にする。
「戦争が経済を活性化する」は本当か? 徴兵制と志願兵制ではどちらがコストパフォーマンスが高い? 軍需産業にとって実際の戦争にメリットはあるか? 核物質闇取引の実際の価格は? 自爆テロはコストにみあっているか?……などなど、戦争についての見方がガラリと変わる、戦争という一大プロジェクトを題材にした、まったく新しいタイプの経済の教科書。図版多数。