天体衝突とはどのような災害か
図0. 地球に衝突する小惑星の想像図(直径10km)
最近、ロシアの大火球で1000人以上の負傷者が出た。直後に小惑星2012 DA14が地球をニアミスするなど天が慌ただしい。
天体衝突は小さな天体でも巨大な擾乱を引き起こす。生み出された衝撃波の威力に驚いた方も多いだろう(図1)。原子爆弾と同程度のエネルギーが解放されたが、高高度で爆発したため数十キロ圏に薄まった影響で済んでいる。
居住地に落ちることは珍しいが、今回の衝突は20年に1回くらい地球のどこかで起きている。日本に限定するなら20000年に1回くらいの事象だろう。*1
図1. 爆風の強度
(上) 響き渡る衝撃波の轟音
(下) 音はないが、物を吹き飛ばして屋内に吹き込む爆風の強さがみてとれる。この風の強さから衝撃波のエネルギーを類推することが出来る。
天体衝突は流れ星から大量絶滅まで幅広いが、ハザードの規模やリスクについて大まかに触れてみる。
まずは有名な事例から
A:ツングースカ級の衝突
1908年にロシアのツングースカで発生した天体衝突は半径30kmの木々をなぎ倒した (図2, 図3)。今回の数十倍以上のエネルギーが開放され、東京-沖縄間に匹敵する1000km離れた窓ガラスが割れたという。爆風半径よりずっと狭いが森林火災も発生している。
小さな天体は空中爆発することが多く、爆風がメインになる。 ただし、鉄隕石のように直径数メートルでも地上まで到達しやすいものがある一方で、長周期彗星のように直径が200mくらいでも大気圏突入に耐えられないものもある。(後者はちょっとした核戦争並の空中爆発もありうる)
図2. ツングースカの大爆発でなぎ倒された樹木
図3. ツングースカ事象の衝撃波(シミュレーション)
上空の爆発で発生した衝撃波が地上に伝わる様子がわかる。
https://share.sandia.gov/news/resources/releases/2007/asteroid.html
(@lh2nhiさんとの会話より)
リスクはどのくらいだろう。
地球上には約500基の原子炉が存在している。地球の表面積は5億平方キロなので密度は1基/100万平方キロ程度だ。ツングースカ事象の頻度を300年に1回とし、1回で3000平方キロの土地を焼き払うとすると、大雑把に地球のどこかの原子炉が被災するのは約10万年に1回という計算になる。個別確率では約5000万炉年に1回といった程度。*2
同様に、日本のどこかの県がツングースカ事象で焼き払われる確率は40万年に1回程度となる。2~3万年前の旧石器時代に、長野県の飯田に隕石が落下し、直径900mの御池山クレーターを形成したと言われている。おそらく爆発の規模は大型水爆に匹敵しただろう。大都市を直撃すれば100万単位の死傷者が出ることになる。
B:チチュルブ級の衝突
次に大きな衝突、(非鳥類型の)恐竜を滅ぼしたチチュルブ衝突事象について考えてみる。巨大な天体衝突は災厄の万国博覧会だ。衝撃波、輻射、化学汚染、津波、地震、オゾン層破壊、流星雨、酸性化、光合成停止……何でも揃っている。
B1. 灼熱の火球
水爆のような小さな爆発は火球が上昇気流によってキノコ雲を形成するが、チチュルブ衝突のように1億メガトンの爆発は違う。火球が大気の厚さより大きくなるので、周囲には真空しか存在しないので上昇気流もない。太陽表面より熱い灼熱の半球体が膨張しながらただ自由落下*3し、そのままペチャっと潰れる。
図4は、19841994年にシューメーカー・レヴィ第9彗星のG核が木星に衝突した様子を示したものだ。舞台は地球ではないが、衝突によって惑星サイズの火球が形成され18分後には完全に落下しきっているのが分かる。
地球上で火球を目撃する者はいない。それを肉眼でとらえる位置にいる者は松明になっているだろう。ただし、地球には地平線があるため、火球が焼き尽くすのはせいぜい百万平方キロの範囲になる。
図4. シューメーカー・レビィ第9彗星G核の衝突による火球
長さの基準が10,000kmであることに注意、月より大きい。
B2. 流星雨:降り注ぐものが世界を滅ぼす
火球の一部といってもいいが、エネルギーが数百万メガトンを超えたあたりから、破片が大気圏を貫通して宇宙空間に撒き散らされるようになり、惑星全体に恐るべき流星雨を降らせはじめる。
これは私達がイメージする流星群とはまったく別種の光の国からやってきた豪雨で、あまりに数が多すぎて世界は失明するレベルで照らされ、オーブンより熱く、物が自然発火するレベルの流星雨だ。流星は何十分も降り注ぎ惑星規模の大火災が発生する。
爆風や火球と違い流星雨は惑星に対する全体攻撃で、地平線遮蔽や逆自乗減衰が存在しないため、大衝突では他の効果より広範囲になる。
流星雨で高層大気は1000K~2000K以上に熱くなり、大量の窒素酸化物が生成されてオゾン層を破壊し始める。
この流星群を前にしては、国際宇宙ステーションに逃げても助からない。軌道上は数千億トンの破片による暴風が吹き荒れる。火球が減光するまでに一度でも地平線に入れば、太陽を何百と束ねたような熱輻射で焼却される。
B3. 衝撃波、熱風、地震
ツングースカと違いチチュルブ級になると爆風の影響はメインでなくなる。エネルギーが宇宙空間に逃げるのもあるが、衝撃波が致命的な力を有するのはせいぜい百万平方キロメートル程度だ。
爆心地からは灼熱の熱風が吹き荒れ、分厚いダストの雲が惑星全域に広がっていく。
衝突にともなう地震はM10ないしM11程度と推定されている。また、各地でM9の巨大地震を次々と誘発させる可能性はある。ただ、これは生物を滅ぼす上ではあまり関係ない。
B4. 津波
津波は内陸に数百キロに渡って侵入する可能性がある。太平洋側から押し寄せて日本海に抜けていくレベルだ。
図5. 津波の初期状態:クレータ中央部に形成される水塊
クレータに海水が殺到し、数時間かけて中心に富士山より10倍は高いはごろもフーズが形成され(図5)、それが崩壊して世界中に津波が広がっていく。
海の深さによる限界があるため、巨大衝突では津波に使われるエネルギーの割合が小さい。太平洋を想定すると、クレーターの縁で水深に相当する波高5000メートル程度、あとはエネルギー拡散から概ね距離の逆一乗則で見積もれる。遠くの海岸では数百メートルから数十メートルの波高になる。チチュルブの時は海が浅かったせいか津波はもっと小さい*4。
B5. 恐竜にとどめを刺したのはダメ押しの追加効果
爆風と火球によって大陸が一つ焼き払われ、津波によって海岸が舐め尽くされても、それだけでは種を滅ぼすには至らない。流星が世界を焼き尽くしたところで、洞窟の中にいれば助かる。滅びは、さらなる追い打ちによってなされた。
- 衝突エネルギーが数百万メガトンを超えると、空は新月どころか肉眼で何も見えないレベルまで暗くなり、陸でも海でも光合成は完全に停止する(図6)。これにより植物、草食動物、肉食動物の食物連鎖が壊滅した。
- 深さ数百メートルまでの海と陸の全域は酸性化し、生態系にさらなる追い打ちをかける。石灰質の殻を持つプランクトンは溶けてしまう。
- 流星雨で焼きつくされた闇の世界に世界に追い打ちを掛けるように、衝突の冬が到来する。場所によっては30度以上気温が低下する場所もあったという。
- 他にも、有毒物質による汚染だとか諸々あるがこの辺にしておこう。
現代でこのクラスの衝突が発生したら、沿岸地帯の消滅、都市の焼失と食料生産の停止を覚悟した方がいい。何より明かりを得るのにも燃料がいる。この状況で、原子炉の保全等がどの程度要請されるかはわからない。
おそらく人類は滅びないだろうが、かなりの人口減は避けられないだろう。
図6. 空の明るさ
横軸(上)が衝突のエネルギー(メガトン) 、縦軸が日照量(大気の透明度)に対応する。10^6~10^7メガトンで急激に世界が闇に閉ざされていくのがわかる。(Toon et al. 1997 より拝借)
C:ツングースカとチチュルブの中間はどうなの?
中間では、中間的なことが起きる。
少し補足しておくとこんなイメージ
- 小さい衝突は途中で燃え尽きるかそうでなくても、石ころを撒き散らすだけだ。
- 100キロトン級のエネルギー(小型原爆相当)になると衝撃波の影響が地上にとどきはじめる。20年に1回程度。(今回の事象?)
- 10メガトン級(大型水爆相当、)になると数千平方キロの樹木をなぎ倒すほどの衝撃波を発生させ、火災などの影響も見られるようになる。ツングースカ事象(~1/300 years)
- 1000メガトン級の衝突は1万年に1度くらいであり、地上にも余裕で激突するようになる。海に落ちれば津波は大地震に匹敵し、大きな被害をもたらす。キノコ雲の高さは宇宙空間に達し、これ以上成長するのが難しくなる。
- 100万メガトン級は数百万年に一回であり、巨大津波や気候変動が生じる。天体の直径は1kmを超え、衝突点一帯は完全に壊滅する。億単位の死傷者が想定される。
- 1000万メガトン級で、世界中に流星が降り始め。世界は闇に閉ざされる。オゾン層が心配だ。
- 1億メガトン級になると、世界の酸性化が深刻化し、流星雨が全球に深刻な影響を与える。恐竜を滅ぼしたレベルの災厄に包まれる。
天体衝突による津波は巨大衝突ばかりが注目されるが、単位時間あたりの擾乱面積に関して言えば、小さな天体がたまたま大都市の近くにダイブするリスクがかなり効く。天体が地上に到達するサイズになると、海面に1kmくらいの穴を余裕で空けるので津波が無視できなくなる。
D. このような天体の所在はどのくらいわかっているか
宇宙は広い。地球近傍軌道に関して言うと、1km以上の天体ならほぼ発見されている。しかしより小さいレベルの天体となるとほとんど見つかっていないようなもの。
ちょっと古い絵になるので現在とやや状況が異なるが、青いのが存在していると推定される地球近傍天体の量で、赤いラインが2009年までに発見されたものになる。この時点だと、ツングースカ級の天体は10%以下、10mの天体だと数千分の一しか見つかっていない。
E.参考資料
著作権的にマズイ気がするが、恐竜の絶滅を扱った映像で、知る限り一番実感に近い。
2010年の有名な論文を書いたメンバーの一人であるK/Pg境界の第一人者によってかかれた一般書。いかに火山説のような他説がもう廃品回収に出すべき代物で衝突説がいかに素晴らしいかについて書かれている。
- 作者: 後藤和久
- 出版社/メーカー: 岩波書店
- 発売日: 2011/11/09
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[http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1029/96RG03038/abstract:title=http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1029/96RG03038/abstract
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Environmental perturbations caused by the impacts of asteroids and comets
Toon et al.
97年とやや古いが、天体衝突についてまとめられた素晴らしい論文、基本的にこの知識に基づいている。最近の結果だと、もうすこし衝突頻度は下げる方向かもしれない。