銀河系を旅する彗星:太陽系の縁で起こっていること


図0. 富士山とパンスターズ彗星

パンスターズ彗星(C/2011 L4)が、おそらくその生涯でもっとも明るくかがやいている。ヤツはまだ日没直後の西空にいるので、運が良ければ(図0)のような光景を肉眼で観測できる。


図1. パンスターズ彗星の見え方

かの彗星はすでに70km/s (時速25万km) をこえて太陽系脱出速度に達しており、星図上の位置を刻々と変えている(図1)。すでに近日点を通過し、太陽系に対して露払いとなるヘラクレス座の方角に進路をとりつつある*1。あとはひんやりとした星の海にむかうだけだ。遠い未来、宇宙のどこにたどりつくか知らないが、もう太陽系には二度ともどってこない。

彗星、星の海を渡る


図2. 太陽系外縁部の構造
惑星の外縁にエッジワース・カイパーベルトと呼ばれるリングがあり(紫)、全体を包み込むようにオールト雲が存在している(暗灰色)。

彗星は氷が出来るくらい太陽から離れた涼しい場所で作られた微天体で、遠くはエッジワース・カイパーベルトやオールト雲からやってくると考えられるが(図2)、太陽系は閉じた系ではない。

太陽系の最外部は重力的拘束が弱い。何らかの拍子に太陽系から去っていく彗星があれば、逆に、他の恒星系から弾かれて何十億年という旅の果てに太陽系を通過する彗星もある。太陽系もメンバーに入れ替わりがあるのだ。*2

恒星系から弾きだされた彗星は、銀河系を相当数さまよっている。LINEAR計画による観測では1兆個/立方パーセク *3あたりが上限とされている。土星軌道くらいの範囲に1個以下という勘定になり、太陽とアルファケンタウリの間の空間だけで銀河系恒星数をこえるほどの彗星がうろついている。

銀河系を旅する彗星の特徴と、発見の状況

太陽系への来客を身内を見分ける方法はあるだろうか。

太陽系内を起源に持つ彗星は、離心率が1を大きくこえることはない(最高記録は1.058)。元々、太陽系にかるくトラップされていた彗星がちょっと軌道を乱された程度なので、最大でも太陽系からギリギリ脱出できる程度のエネルギーしかもっていない。近日点では猛スピードだが太陽系外縁部での速度はかなり遅くなる。楕円か、放物線みたいな軌道だ。

一方で、太陽系外からやってくる彗星は最初から太陽系との相対速度がけっこうある。太陽の重力を意識することなくまっすぐ飛んできて太陽近傍でカクンと折れ曲がる離心率の大きな双曲線軌道を描く(図3)。

残念ながら太陽系外からやってきたことが確実な彗星はまだ発見されていない*4。観測にかかるほど太陽に近接する頻度はそんなに高くないだろう。ただ、候補はいくらか存在しており、短周期彗星の96P/Machholz 1 などは、太陽系をちょっと通るだけだった彗星がたまたま木星によって手篭めにされた可能性が指摘されている。

96P/Machholz 1は太陽系外起源の彗星かもしれない - 忘却からの帰還

これから探査技術が発達すれば、太陽系外からはるばるやってきた彗星を特定し、そのサンプルを回収できる日も来るだろう。別の恒星系で作られた物質だ。同位体比や組成がことなる、あるいは新種の鉱物が見つかるかもしれない。


図3. 銀河を旅する彗星の軌道
太陽系外からやってきた彗星(赤い軌道)は、2つの漸近線の角度が大きく開いている

余:彗星による銀河系の酸素循環

彗星は汚れた雪球であるため、氷や石という形で沢山の酸素を含んでいる。彗星が旅することは酸素という元素が銀河内を旅する過程のひとつでもある。ヘリウム主体の白色矮星に対する質量降着の研究などから、あまり全体の元素輸送に貢献していないご様子ではあるが、銀河系のあまり知られていない側面だろう。

参考資料

The Demographics of Long-Period Comets
http://arxiv.org/abs/astro-ph/0509074

AN UPPER BOUND TO THE SPACE DENSITY OF INTERSTELLAR COMETS
http://iopscience.iop.org/1538-3881/141/5/155/

*1:太陽系もヘラクレス座の方向にむかっているので、正確な向きは異なるが、太陽に先行する形になる

*2:基本的に出て行くケースのほうが多い

*3:4.5 e-5 / au³

*4:η Crvのように、太陽系外における彗星発見ならある