人類は直径1kmの球体容器に詰めることができる

人類の質量はどのくらいだろう。

仮に70億人x70kgで見積もったとして4.9億トン

人類の平均体重を70kgで見積もっても大きく超過することは無いだろう。人類の歴史を紐解くと700kgを超えるような個体もあるが例外的だ。世界を見渡してみると質量の小さな未成年が結構な割合をしめているし,肥満に悩まされているのは一部の先進国だ。おそらく真の平均は70kgより低い。

直径1kmの球形容器を水で満たすと約5.2億トンであり,肺の空気を抜くと人間の比重は1を超えることから,挽肉か何かにして隙間を完全に無くせば,恐らく地上にいるすべての人類は直径1kmの真球に納まるだろう。


直径1kmに納まる有機体を支えるために必要なもの

人類が2013年に消費した一次エネルギーは石油換算で127億トンで,直径3kmの球体に相当する。*1

水の年間消費量は,4兆トンくらいで直径20kmの球体に相当する。人類は農業や工業をはじめとした様々な用途で,毎時毎時自分の体重と同じくらいの水を消費している。

人類のエネルギー起源の二酸化炭素排出量は,環境省によると年間317億トンで*2,標準状態を仮定すると直径31kmの球体に相当する。ただし,気体は密度(または比容)が圧力に強く依存するため,実際に直径31kmの球体に二酸化炭素を詰めると,上と下で何倍もの密度差が生じる。

人類が呼吸で1年に消費する酸素は15億トンくらいで*3,大気は1km^2あたり210万トンの酸素を含むので,1年で東京23区あるいは琵琶湖の上空にあるすべての酸素を消費しつくす程度。無論,化石燃料の燃焼によって消費される酸素に比べれば少ないし,地球全体の酸素にくらべれば微々たるもの。

球体による可視化

日常的でない量を伝える文章では,様々な「原器」が用いられることがしばしばある。例えば,高さや体積を東京タワーや琵琶湖,富士山などで表現する手法だ。今回は,そのような原器を使うこと無く,単なる球体を使った表現で,大雑把な量的感覚が伝わるか試してみた。人類という存在が物質的にどのくらいの規模で,それを支えるのにどのくらいのリソースを必要としているか,すこしでも感覚が伝わると嬉しい。